【ラグリパWest】一休の母。

「先生、あたし、小卒やねん」
おかあさん、そんな言葉、初めて聞きました。義務教育やから、普通は「中卒」と違うんですか?
先生は大島淳史。笑って返す。最終学歴を小学校と言うのは石田一休の母、ゆりである。関西のおばちゃん丸出しでユニークだ。
「まあ、勉強は嫌いやったからなあ。しゃべったり、バイクのうしろに乗っけてもらったりした。あの頃は楽しかったなあ」
双眸はリスのように黒くキラキラ光る。女優の片平なぎさ似。ただ、デニムのすそは白いソックスを引き上げて包む。ルーズの名残がないでもない。
「わたしから、なんであんな真面目なええ子が生まれたかわからん」
真面目なええ子の一休はラグビー部の前のキャプテンだった。その高校は京都工学院。前名の伏見工時代には冬の全国大会優勝4回を誇る。歴代6位の記録である。大島はOB監督としてこのチーム率いている。
「一休は常に体を張って、チームを鼓舞してくれました。まっすぐで、ひたむきです。彼のことを悪く言う人間はいません」
鳶が鷹、ではない。母の「小卒」はジョーク。中学はもちろん、専門学校でトリマーの資格を取り、働いた過去もある。
「一休はまあ、優秀やと思うで。バイクぶんぶん。警察から電話。『迎えに行ってくるわ』っていうヤンキーにならんかった」
その子育てを語る。
「3歳までに1回、ガツンと怒ったことがある。理由は忘れたけど。それから、帰るで、『はい』。片づけや、『はい』。スーパー行ってもお菓子はひとつしか取らん」
幼児に理屈は難しい。いいことは「いい」、ダメなことは「ダメ」を刷り込んだ。
「それと、子供の言うことをちゃんと聞いたった、ということかなあ。一休は小さい頃、すぐ泣いた。まだ、自分の気持ちを言葉にできひんかった。それでも、何が、どうしたん、と聞いてあげた。忙しくてもな」
母を語る時、一休の両目はさらに細くなる。たれる。
「おかあさんはいつも明るく元気です。試合前には、頑張れー、と声をかけてくれるし、試合中、ボールキャリアーになった時は大きな声で叫んで、勇気をくれます」
その胃袋もつかまれている。
「ごはんも美味しいです。特に好きなのはオムレツ。ひき肉、玉ねぎ、えのきなんかが入っています」
おふくろの味で、175センチのセンターは作られた。
その一休の生誕には、もちろん男性が絡んでいる。父・勇(いさむ)は一休の先輩。ラグビー部ではないが、伏見工の卒業生である。母はなれそめを話す。
「河原町で会った」
京都随一の繁華街。ひらたく言えばナンパ。その当時、婚活アプリはない。
「22歳で結婚して、23歳で一休を産んだ。ダンナは優しいし、怒らない。わたしの天下。結婚する相手はなんでも言い合える人がええよ。その方がうまくいく」
母はラグビーでいうコミュニケーションの大切さをダンナとの関りや子育てですでに知っている。ベタぼれのダンナは造園業を営みながら、家族の生活を支えている。
2人の愛の結晶、一休のその名について母は説明する。
「長男やから一をつけたかった。それと9月9日に生まれた。休の字は画数もある」
休みがちな子になるんと違うか、との危惧が周りから出た。
「そんなん無視。ならへんし」
母の思い通り、まったく休まない、勤勉な子に育った。とんちで有名な禅師と相まって、その名は覚えやすいし、言いやすい。
その一休はじき上京する。日体大に進み、ラグビーを続ける。伏見工を強豪化した山口良治、あとを継いだ高崎利明、そして大島の系譜につらなる。一休はスピードあふれるその走りでチームの一部再昇格の一助にもなり得たい。
「一休、ニッタイに行かはる。頑張ってほしい。わたしもバリバリ稼いで、あの子に寮費をわたしたらなあかん」
母は料理屋でパートを始めた。
「初めての飲食。いらっしゃいませ、って言えるかなって、思っててんけど、言えるもんやね。自分にびっくりした」
子供のためなら、なんでもできる。
「3月でバイバイ。家族は3人になる。あっ、だんご入れて4人か。こうやって、人は大きくなって、離れていくんやなあ」
だんごは4歳の黒パグ。犬も大切な家族の一員だ。次男の二光(にっこう)は一休のあとを追い、京都工学院を受験する。
「一休に出逢えて、二光も生まれて来てくれて、人生、後悔してない」
学歴は幸せに関係しない。一休と物理的な距離はできるが、その成長は引き続き確認できる。母には末広がりの楽しみがある。