海外 2023.01.04

「他と違うことをしているから成長していける」。ディディエ・ラクロワ会長[スタッド・トゥールーザン]インタビュー(上)

[ 福本美由紀 ]
「他と違うことをしているから成長していける」。ディディエ・ラクロワ会長[スタッド・トゥールーザン]インタビュー(上)
ディディエ・ラクロワ会長は52歳。現役時代はFL。(Stade Toulousain Rugby)
ホームスタジアムのエルネスト・ワロンのホームチームのトンネルに続く通路の壁には、クラブの栄光の歴史が刻まれている。「A NOUS DE JOUER !」は「僕たちの番だ!」の意



 フランス国内優勝21回、欧州チャンピオンズカップ優勝5回と両大会で最多優勝を誇るスタッド・トゥルーザン。
 アントワンヌ・デュポンやロマン・ンタマックのようなスター選手を抱え、またフランス代表に最も多くの選手を輩出している。

 11月12日の南アフリカと対戦したフランス代表メンバーの23名のうち8名がトゥールーズの選手だった。
 昨季は両大会とも準決勝で敗退したが、今季はトップ14で開幕から好調で現在14節を終えて首位である。

 ラグビーの成績だけではなく、今年は予算額もトップ14の中で最大の4368万7千ユーロ(約62億7000万円)。14チームの平均である2985万2千ユーロ(約42億円)をはるかに上回り、ラグビーだけではなく経済的にも最も成功しているフランスのクラブだ。
 今季も開幕からホーム試合のチケットは完売が続いた。

 この成功の秘密をディディエ・ラクロワ会長とユーゴ・モラHCが1時間にわたって熱く語ってくれたので、数回に分けて記事にしたい。
 ここでは、ワクロワ会長インタビューの前編を掲載する。

 ディディエ・ラクロワ会長(52歳)は自身も1983年にスタッド・トゥルーザンのジュニア部門に加入、1990年から2002年まで1軍でフランカーとしてプレーした人だ。

 フランス国内優勝6回、チャンピオンズカップ優勝1回と1990年台のスタッド・トゥルーザンの黄金期を象徴する選手のひとり。2017年に現在の会長職に就任し、新たな黄金期を築くことに成功した重要な人物である。


◆人生の中に入り込む。

 創設以来、このクラブは常に時代の変化に対応しながら社会に貢献する活動に取り組んできました。サポーターだけでなく、間接的にサポーターでない人にも働きかけてきました。例えば、大学生向けに割引価格で観戦できる座席を設けています。
 他の都市からトゥールーズの大学に入学した学生は大学でスタッド・トゥルーザンのことを知る。試合を見に来て、スタジアムで盛り上がる。大学生活にスタッド・トゥルーザンが入り込むのです。

 トマ・ペスケという宇宙飛行士がいます。彼はルーアンというフランス北部の街の出身ですがトゥールーズの航空宇宙高等学院で学び、卒業して15年後にスタッド・トゥルーザンのボールと一緒に宇宙に飛び立ちました。
 私たちから依頼したわけではありません。私たちは彼に直接会うことはありませんでしたが、まだ学生だった彼の生活に入り込んでいたのです。そして宇宙にスタッド・トゥルーザンを連れて行ってくれたのです。

 その後、トマ(ペスケ)とお会いする機会があり意気投合し、2020-2021シーズンのチャンピオンズカップのキャンペーンテーマを『宇宙征服』とし、ジャージーのデザインにトマのアイデアを取り込みました。トマは、自身のSNSでお披露目をしてくれました。スタッド・トゥルーザンのSNSよりはるかに影響力があります。
 このジャージーは、このクラブの歴史上初めて、このジャージーを着て試合をする前に完売となりました。そして私たちはこのジャージーを着て、ヨーロッパチャンピオンになりました。

 そういうことなのです。トゥールーズにやってきた学生が、当時は僕がプレーしていたスタッド・トゥルーザンと出会った。フランスでもヨーロッパでもチャンピオンになった。卒業後もスタッド・トゥルーザンのファンで、スタッド・トゥルーザンは彼の一つの情熱として多くの人に伝わる。
 そこに大きなマーケティング効果がある。これがスタッド・トゥルーザンの特徴なのです。ラグビーの成績だけではなく、あらゆるところで人々の生活に入り込み、根付いていくのです。

 最近は恵まれない家庭が集まった地区の子どもを支援しています。もしかしたら、その中から人生で成功する人物が出てくるかもしれません。そして彼の世界に私たちを連れて行ってくれるかもしれません。
 もしかしたらスポンサーや株主になってくれるかもしれません。

「ル・プチ・コップ・スタッド・トゥルーザン(スタッド・トゥルーザンの小さな仲間)」という企画では、6〜12歳の子どもたちを無料で試合に招待し、ラグビーへの情熱を吹き込む。また、レフリーや対戦相手にヤジを飛ばしたりブーイングをしたりしないように教育する。
 20年後彼らは通年シートのお客さんになるかもしれない、会社を経営しているかもしれない。そういうポテンシャルのある人たちとも出会いの場を作り、10年後、20年後の種まきをしているのです。
 それが大切なのです。


◆優勝したから経済的に発展するのではない。

 もし私たちが日本に行くとしたら、日本でジャージーを販売する、合宿をおこなう、交流試合を行う。またラグビースクールやクラブのコーチの講習を行う、アカデミーと称して毎年こちらのコーチを送って私たちのラグビーを伝えるでしょう。
 これらは今後国際的に発展させるための課題です。日本に行くには国際的な力が必要ですが、今はまだ微々たるものです。ラグビーは今後どのように発展していくのか、日本人はスタッド・トゥルーザンのことをどう思ってくれるだろうかを考えなくてはなりません。

 そのための取り組みの一つとして、日本代表がトゥールーズに試合に来た時に、こちらで受け入れました。
 また来年のワールドカップでも受け入れます。

 日本との歴史は3年前に始まりました。ヤマハ発動機ジュビロ(現・静岡ブルーレヴズ)の日野剛志が2019年のワールドカップ期間中、こちらに来ていました。そして私たちの選手の2人がジュビロに行っていました。
 そのような活動が将来何かにつながるのかわかりませんが、出会いやつながりが新しいチャンスとなり、新しい世界へ連れて行ってくれ、さらに成長させてくれるのです。

 スタッド・トゥルーザンはフランスで最も注目されているクラブで、試合のテレビ放映でも視聴率が高く、フランス代表の選手を最も多く輩出しています。
 アントワンヌ・デュポンやロマン・ンタマックのような新しいラグビー界のスターを生み出しました。2人はサッカー選手のようにイメージが確立されており、ラグビーをする子どもたちのイメージモデルになっています。これはラグビーではかつてなかったことです。
 ロマン(ンタマック)は、スタッド・トゥルーザンでプレーしたエミール・ンタマックを父に持ち、弟のテオ・ンタマックもスタッド・トゥルーザンでプレーしていて、さらに特別なイメージになっています。

 一方アントワンヌ・デュポンは、社会学的な話になりますが、『デュポン』という名前はフランスではありふれた、どこにでもある名前で人々に親しみやすい印象を与えます。まるで彼らの友人や近所の子どものように感じられるのです。
 でも彼は世界の最優秀選手に選ばれるとんでもない選手です。通常はとんでもない選手は手の届かない存在だと感じるものですが、『デュポン』という名前のおかげで誰もが『デュポン』になることができると感じるのです。

 すべてのクラブが同じサラリーキャップを課されている中で予算が今季最大になったのは、多くの活動をおこなっているからなのです。
 600万ユーロのスポンサー。過去最高のチケット収入。スポンサー契約も過去最高で、スタジアムに併設しているレストランも最高収益、会議室やバンケットルームのレンタルも過去最高でした。
 子どもを対象としたラグビーの合宿もかつてない参加者数でした。

 優勝したから経済的に発展するのではありません。他と違うことをしているから成長していけるのです。
「プレーして成長する」が外部に発信しているスローガンです。
 内部でのスローガンは「常に喜びを感じ、常に試みる、遊び心を忘れずにプレーする、成長するために、そして勝つために」。もう一つの内部のスローガンは、「違いを尊重し、楽しむ」ことです。


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