明大ラグビー部の「ゾーン」を探す旅。「クオリティ、上げたいと思います」
エンジンのかかりがよくなったか。
明大ラグビー部は11月6日、埼玉・熊谷ラグビー場で加盟する関東大学対抗戦Aの第6週に臨んだ。慶大との全勝対決だ。
波状攻撃を仕掛けた。軸となったのは伊藤耕太郎。BKライン上で最初にパスをもらう司令塔のSOに入り、ラン、パスを織り交ぜる。
前半8分に先制するまでの15フェーズにおいては、FW陣をはじめとした走者が突進を重ねるなかで伊藤が5度、ボールタッチ。HOの松下潤一郎へのラストパスを含めた2つのシーンで、相手防御をひきつけながら大外へ球を振った。
7-3で迎えた24分には、敵陣10メートル線付近右でのラインアウトから左右に展開。伊藤が左中間から右中間へ深めのパスを放り、アウトサイドCTBの齊藤誉哉副将が右隅へ力走した。
FLの森山雄太のフィニッシュで12-3と点差を広げた。伊藤はこうだ。
「やることが明確になっていて、皆が思い切りアタックできたのがよかったです」
伊藤は時折、攻撃ラインの後方へつくこともあった。タックラーと間合いを取り、得意のランを仕掛けにかかる。35分には、敵陣22メートル線付近左中間のスクラムからの攻撃で伊藤が走る。手前に入ったインサイドCTBの廣瀬雄也から好パスをもらい、防御を突き破る。直後のゴール成功で19-3とする。
伊藤と同じ3年でゴールキッカーでもある廣瀬は、パス、キックの飛距離に定評がある。齊藤を含めたBK陣の役割分担について、こう話した。
「今年の明大のBKは、いろんな人がいろんなポジションに入れる。伊藤はランがいいプレーヤーです。ゲームプランにこだわらずに仕掛ける時は、僕が(司令塔の役目を)カバーする」
33-3でリードの後半10分前後は、エラーと反則でやや足踏みも、19分頃、自陣中盤の接点でSHの萩原周がジャッカル。慶大の反則を誘って敵陣へ深く進んだ。そして22分、連続攻撃から伊藤が防御網をすり抜けた。トライとコンバージョンで40-3とした。
最後は54-3で勝利。就任2年目の神鳥裕之監督は安堵した。
「コーチングスタッフ、選手と皆でいい準備をして戦えて、結果を残せた」
明大にとって、慶大戦は試練となることが多い。
2020年度は、現・東京サントリーサンゴリアスの箸本龍雅主将ら実力者を擁して対抗戦制覇、全国4強入りを果たすも、慶大には12-13で屈した。厳しいタックルを前にミスを重ねた(11月1日/東京・秩父宮ラグビー場)。
今季の慶大戦に向けては、戦前からタフな状況に映った。
東京五輪・男子7人制日本代表でWTBの石田吉平主将が、コンディションの回復を待つために欠場。右PRの大賀宗志副将も離脱中である。
ただ、3年目にしてリーダーシップを取る廣瀬は、「準備期間が長かった」。10月16日の青山学院大戦(群馬・太田市運動公園陸上競技場)を70-27と打ち合いで終えてからの約2週間、腰を据えて組織を磨けた。
「それと慶明戦では、2年前のように箸本さんたちのような面子が揃っていながら負けてしまうこともある。(今回は)メンタリティなど、実力以外のことが試合に表れることも考えていい準備ができていた。そう自信を持って言えます」
何よりこの午後は、難局を乗り越えたがゆえの逞しさがにじんだ。
石田、大賀の不在に関し、ゲーム主将を任された齊藤はこう話すのだ。
「夏にも吉平や大賀がいない状況があった。(当時を踏まえ、今回は)準備の段階で(役割を)明確にして、ひとりひとりがシンプルに明大らしさを出せるようにと話し合っていたので、それがいい方向に出たと感じます」
8月上旬の福島合宿中、部内で新型コロナウイルスとは異なる理由で発熱者が相次いだ。選手が揃わないため、しばらく戦術練習ができなかった。石田も咳の症状が長く続き、同月中旬から下旬の長野・菅平でのトレーニングマッチへは不参加だった。
9月10日の対抗戦開幕週(東京・駒沢オリンピック公園陸上競技場)の直前も、全体練習の量は不十分だった。結局、初戦は筑波大に33-22で白星発進したが、この日後半から出場の石田はこう話した。
「アクシデントがいっぱいあったなか、チームの統一感が作れなかった」
世界がウイルス禍に包まれてからの約2年半、活動期間内の陽性者発生は皆無に等しかった。この夏、けがで抜けていた廣瀬は、大量離脱をこのように受け止めていた。
「これまでは感染対策をしっかりおこなってきた結果が出ていましたが、明大のなかで(ウイルスが)広まった時は『(世間では)これが当たり前なんだ』と捉えました。『これがあったからいい練習ができない』とは考えちゃだめ。4年生のリーダーも数多く抜けたので、3年生で生き残った僕や耕太郎が引っ張らないといけない」
プレー以前の面でも模索した。
慶大戦では後半23分から出て好ジャッカル、好パスで試合を引き締める3年生SOの池戸翔太郎は、今季途中に副寮長から寮長に昇格した。
「それぞれが自立して考えて生活しないと、寮の秩序って守られない。ここ最近はそれがおろそかになっている」と警鐘を鳴らしながら、仲間の心境とも向き合った。
「厳しくやりすぎると皆、ストレスがたまる。個人の意識(を促す)」
齊藤が「ひとりひとりがシンプルに…」と話した背景には、かような時間の堆積があったのだ。困難の末にいまがある。
チームは1923年創部。全国の俊英を世田谷区八幡山の寮へ集め、過去13度の大学選手権優勝を成し遂げている。田中澄憲前監督がヘッドコーチとして入閣した2017年度以降は、5季中4度、選手権決勝へ進んだ。
最後に優勝した18年度の選手は昨季までに卒業したとあり、覇権奪回の期待は高まる一方。渦中、当事者はグラウンド内外であがくのだ。
廣瀬は、自軍についてこうも話している。
「ゾーンに入ったら凄いんですけど、入らない時は全然だめで…。どれだけ安定したチームを作れるか、高いチーム力で試合に出られるかが大事になります」
今回の慶大戦では、「ゾーン」へ突入した明大の片鱗が見えたか。
20日の帝京大との全勝対決(秩父宮)、12月4日の早大戦(東京・国立競技場)へ、廣瀬は気を引き締める。
「きょうはノートライに抑えられましたが、相手のミスに助けられたところもある。そこを帝京大さん、早大さんは突いてくる。クオリティ、上げたいと思います」
本当に「ゾーン」に入った時の、本当にエンジンがかかった時の明大はこんなものではない。そんな期待を自分たちにかけ、自分たちで応えようとしている。