【コラム】ワールドカップに臨む。勇気と、愛の結晶。
新型コロナ感染に見舞われた今年4~5月の豪州遠征。メンバーが足りなくなっていたフィジー戦前のスクラム練習で齊藤は「前に来て」と告げられた。「えっ?」とまた面食らっていると、レスリーは「いいから早く」と真剣な表情だった。「これはマジなやつや」と齊藤。フィジー戦の後半以降、彼女はたびたび試合途中にフッカーに入るようになった。
コロナ禍で仕方ない面はある。連戦が続くW杯で、複数ポジションができる選手を増やしたい意図もあるだろう。ただ一方で朝令暮改と言われても仕方のない起用の中に、レスリーは愛を込めている。
同じフランカーの鈴木実沙紀と「フッカーをシェアしろ」というのだ。スクラムを組むのは齊藤、ラインアウトの投入役は鈴木、という具合に。
齊藤は「そんなん、聞いたことないわ」と思わず笑ってしまったという。
「自分たちの想像をあっさりと超えてくるのがレスリー。でも、さすがに無理やろって自分が思っていたことも、いつの間にかできるようになっている。私たちを期待して、成長を見越してくれているんやなって思う」
今のサクラフィフティーンには、こんな大胆な配置転換や起用例がいくつもある。
センターからフランカーに移った長田いろは。左足のキックやパスのうまさを見込まれ、ウイングだけでなくスタンドオフも任される今釘小町。昨秋の欧州遠征から正フッカーに起用されている「シンデレラガール」永田虹歩。さらにはレスリーの後押しで海外クラブに挑戦し、異国で心身ともに成長した選手たちがチーム内の競争を活性化させてきた。
W杯直前のニュージーランド代表ブラックファーンズ戦、日本は12―95で大敗した。大事な大会前に、心は折れてもおかしくなかった。
しかし、レスリーが鍛えてきたチームには反骨心と修正能力がある。中嶋亜弥・総務兼コーチングインターンはいう。「このチームは学ぶ力が強い。(負けの)全部から学ぼうとしていて、また勢いがでてきた」
レスリーは選手に求める姿勢を、自らにも課している。自分が何より選手たちに正直であろうとしている。気持ちに波があり、厳しい言葉を選手たちに浴びせることは少なくない。それでも、チームで誰よりハードワークしているのがレスリーなのだ。
W杯に8選手を送り出した三重パールズの斎藤久GMは、レスリーに信頼を置いている。彼女が何度も三重に足を運び、練習試合を視察したり、クリニックに参加してくれたり、真剣に選手たちと向き合う姿を目の当たりにしてきたからだ。「レスリーさんみたいに熱心なコーチは今まで見たことがないよ」
多くの選手はレスリーに尊敬、感謝という感情を抱いている。「選手としてでなく、一人の人間として私たちに向き合ってくれる」(鈴木実沙紀)という信頼感が根っこにあるからだろう。レスリーの2匹の愛犬のうちの1匹は、桑井亜乃さん(現レフリー)が引き取った保護犬を一時的に預かった。中嶋総務はレスリーの家で一時、生活したこともあるという。選手とコーチの枠を超えた結びつきが、至るところで構築されている。
レスリーは「女子ラグビーにはスリリングな展開が必要です。サクラフィフティーンのスピード感はそれを見せてくれる」と語る。日本だけでなく女子ラグビー全体を見渡せる視座を持つコーチが認めた32人の選手たちが、世界に挑む。