「餌」に飛びつかないサム・グリーン。ブルーレヴズから世界へ挑むまで。
8月16日、28歳になった。あらかじめ「釣りばかりしているだろうね」と話していたつかの間の帰省を経て、いまは次のシーズンへの準備を進めている。
金の前髪をサイドに垂らすサム・グリーンは、静岡ブルーレヴズで司令塔のSOを担う。鋭く駆ける。
オーストラリアのブリスベンでラグビーを始め、2016年には地元からスーパーラグビーに挑むレッズと契約。同年に22歳の若さで来日したのは、母国で得られなかった出場機会を確保するためだった。
最初に1年契約を結んだ豊田自動織機シャトルズには2018年度まで在籍し、19年、ブルーレヴズの前身であるヤマハ発動機ジュビロに移籍。その頃には、列島のスタイルに愛着がわいた。
「日本のラグビーはとても流れが速く、より自分の持ち味を活かせると思いました。それで、このままプレーすると決めたんです」
今年5月までのリーグワンでは、実戦11試合中8度、先発。第8節以降は、実施されたゲーム全てで10番をつけた。
当の本人は「それまでスターターを務めていた外国人選手がけがをした。それが現実的な理由です」と話すが、出場時間の増えた背景は他にもある。
当時ヘッドコーチだった大久保直弥アシスタントコーチは、「サムは、ひとレベル上に行きました。かなり相手にプレッシャーを与えられる匂いがした」。精神面を含めた成長を実感する。
その進歩の過程では、監督から役職を変えた堀川隆延ヘッドコーチがこう証言していた。
「目の前にある餌に最初から食いつくのではなく、最終的に(相手を)仕留めるように。80分間を通してのゲームコントロールについては、まだ学ばなきゃいけない。ただそれは、ゲームの経験値を得ることで成長できることだと思います」
この話があったのは3月上旬。冷静に戦況を見定め、得意のランの出しどころを調整できるようになって欲しい、という意味だったろう。
果たしてグリーンは、時間を重ねるごとにそのオーダーに応えていった。クラブの攻撃システムにならって適宜、キック、パスを使い分け、スペースができれば走った。
3月27日、地元のIAIスタジアム日本平。結果的に優勝する埼玉パナソニックワイルドナイツとの第11節で、グラウンド中盤での足技を際立たせた。高低の弾道を織り交ぜ、防御の得意な相手に防御をさせないプランを全うした。要所でアクセルを踏み、25-26と1点差の勝負を演じた。
身体も張った。身長178センチ、体重88キロと決して大柄ではないが、シーズンを通して必死にタックルを重ねた。
「SOは、その部分(防御)でも常に向上を求めないといけません。特に今季、そのようにできたと思っています」
普段から元トンガ代表でインサイドCTBのヴィリアミ・タヒトゥア、現役南アフリカ代表でNO8のクワッガ・スミスとよくコミュニケーションを取ってきたという。
特に第5節で東芝ブレイブルーパス東京に26-59と大敗してから、練習や試合のレビューを丹念におこなうようになっていた。最終節では同じ相手に29-33と迫り、グリーンも攻守で光った。
ウイルス禍に伴う4つの不戦敗が響き、1部12チーム中8位と苦しんだが、代表経験者の数で優位に立たれる上位陣と接戦を演じられた。手応えはあった。
「ポジション柄、自分が攻撃の中心的な役割を果たすことになります。今季はチームをマネージする部分で、成長を遂げられました」
期待されるのは将来の日本代表入りか。ただし国際統括団体のワールドラグビーは、選手がルーツを持たない国で代表資格を得るのに一定の「継続居住」を求める。
2021年までは、その期間が3年とされた。日本代表の活動にも携わる堀川は、16年に来日のグリーンがかねて現代表スタッフに必要とされてきたと話す。19年のワールドカップ日本大会に向けても、攻撃を仕切るトニー・ブラウン アシスタントコーチがグリーンの日本代表入りの可能性を探ろうとしていたと記憶する。
不運なのは、期間に関するチェックがだんだん厳しくなったように映ることだ。
例えばワイルドナイツでFLを務めるベン・ガンターは、本来なら2019年のワールドカップ出場を視野に入れていた。ところが、一時帰国した時間の長さを問われて資格取得は持ち越し。日本代表デビューは21年まで待った。
グリーンは2020年までにハードルを越えようと試みていたようだが、それも叶わなかった。世界的なパンデミックを受けての長期帰国が響いた。
現状では、2023年のワールドカップ・フランス大会でのプレーも見込めない。22年以降、「継続居住」の条件が5年に延びているからだ。
「複雑なことがあって…。いまもそれに関してはコメントが難しいです」
この件につき、本人は言葉を濁すほかない。ただし、行動はクリアだ。
今度のプレシーズンに向け、ブリスベンに戻ったのは「6週間」以内。これなら現行のレギュレーション上、ワールドラグビーの定める「継続居住」の期間はリセットされない。2027年のワールドカップ・オーストラリア大会までには、グリーンの国際舞台への門戸が開けるかもしれない。堀川は続ける。
「彼は将来、代表でプレーしたい気持ちを強く持っている。そこについては本人とも意思確認をして、10番として必要なスキルを磨くようにと伝えています」
現行のリーグワンでは、日本代表資格のある選手は国籍を問わず「カテゴリーA」と位置付けられ、外国人枠と無関係に試合出場を狙える。グリーンは言った。
「いまでもカテゴリーAのステータスを得られるよう、自分なりにできることをやっています。私の性格上、あきらめるという考えはありません。それはこの状況(代表資格の取得)についてだけではなく、毎日の練習でも同じことが言えます。できることを、全力でやる」
今年12月からワールドカップイヤーの春までおこなわれる今度のリーグワンでは、まず、自らのタクトでブルーレヴズを勝たせる。