コラム 2022.06.27

【ラグリパWest】望まれて指導を続ける。楢崎富士夫 [創志学園ラグビー部コーチ/岡山県]

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】望まれて指導を続ける。楢崎富士夫 [創志学園ラグビー部コーチ/岡山県]
岡山・創志学園のコーチとしてチーム2回目の冬の全国大会出場を目指す楢崎富士夫さん。県教員時代には岡山の高校ラグビーの普及・発展のため尽力した



 年を重ねても望まれる。ラグビーを教える場所がある。幸せなことである。

 楢崎富士夫(ならさき・ふじお)は週3日ほど、創志学園のグラウンドに通う。
「高校ラグビーは楽しいですね。みんな素直です。いいですね」
 日焼けした顔はこれまでの指導歴の裏返し。その目は細められる。

 3年前の3月末に60歳定年を迎えた。岡山の県高校教員の職をまっとうした。専門は保健・体育。再任用は望まなかった。

 そこで声をかけたのは武田裕之だった。創志学園の監督は8歳下である。この赤ジャージーとは楢崎が最後に監督をつとめた岡山工時代を含め、県内でしのぎを削った。

「楢崎コーチとはラグビー観が似ています。しつこさとか基礎を大事にするところですね。それにこのチームで日の目を見てもらえたら、という思いもありました」

 楢崎はこの岡山の高校指導者として顔的な存在だった。2011年度の高校日本代表の遠征には副団長として帯同する。フッカーには坂手淳史がいた。リーグワンの埼玉で主将となり、日本代表キャップは28を持つ。18歳以下の対戦はイタリアには15−19で敗れたが、フランスには27−20で勝利する。

 定年退職を2か月先に控えた2019年1月には、U18合同チーム東西対抗戦で西軍の監督をつとめた。15人制に参加できない高校生の選抜チームで戦う。11回目だったこの試合は高校の全国大会決勝の前座として行われた。スコアは26−12。楢崎は勝利監督になる。

 そんな華やかさもあるが、悔いも残る。
「花園には1回も行けていません」
 高松農でラグビー指導のキャリアをスタートさせたが、倉敷工、岡山一宮、そして岡山工を冬の全国大会出場に導けなかった。

 県内では津山工の11連覇があった。始まりは1987年度である。関西(かんぜい)の復活3連覇や最近では玉島の台頭があった。武田が「日の目」と言ったのは、それらの歴史を踏まえての上である。
「全国大会出場です」
 楢崎の目標は決まっている。

 創志学園の創部は学校創立と同じ2010年である。私立全日制の共学校で普通科と看護科を持つ。創部翌年、武田が保健・体育教員として着任した。母校でもある天理ではコーチとして6回の花園出場を記録。最後の決勝進出も実質的に指揮を執った。84回大会(2004年度)は啓光学園(現・常翔啓光)に14−31。フルバックだった宮本啓希は今年2月、同志社大の監督に就任した。

 武田の指導は10年目に実る。100回記念大会(2020年度)に出場した。県予選決勝は玉島に14−24で敗れたが、中国地区のオータムブロックチャレンジで復活。決勝で山口を24−19で破った。本大会は1回戦で石見智翠館に12−92で敗れた。

 ただ、強豪化とは反比例して、武田は校務が忙しい。赴任当初から生活指導部長につけられる。現在も7人の部員(教員)の長として、全校生徒が引き起こす多くの問題に対応する。グラウンドに立てない日もある。
「楢崎コーチに来てもらったのはそういう理由もあります」
 この春、武田は体調を崩した。半月ほど入院した。その間、チームを預かったのはOBコーチの下島廉人と楢崎である。下島はフルタイムではあるが、34歳とまだ若い。ベテランの楢崎にかかる比重は大きい。

 楢崎は今年10月で64歳になる。この県の出身である。高校は落合(現・真庭)を卒業。高知大で競技を始めた。
「なんか楽しくて」
 スクラムハーフなどを経験する。初任校は蒜山(=ひるぜん、現・勝山)。ここで4年を過ごし、ラグビー部のある高松農に転任した。

 コーチの勉強は周囲にあるもの、雑誌やテレビをフル活用する。
「ラグビーマガジンの技術論の部分は目を通しています。時間があればJスポーツのオンデマンドやWOWOWで試合を見ています」
 その指導で大事にするのはスクラムだ。
「体幹が強くなり、我慢する力がつきます」
 高校特別ルールの「1・5メートル以上は押せない」は関係ない。よい部分を抽出する。

 今年のチームの戦い方はそのスクラムを軸にした戦い方になる。武田は言う。
「フォワードが大きいので、ボールを下げないアタックを考えています」
 前8人の平均体重は85キロほど。ハイパントは選択肢のひとつになってくる。

 今の岡山の高校界は倉敷が席巻する。3年前に創部された新鋭は直近の2年、花園に出場している。創志学園は新チームになって3連敗。新人戦、中国大会予選、6月5日の県総体のスコアはそれぞれ0−47、0−57、10−43である。

 楢崎は言う。
「選手個々の力の差はあります。ウチは力をいかに大きく、ひとつにまとめてあげるかが、カギになってくると思います」
 選手は19人。人数が少ない分、団結はしやすい。主将でバックローの浮巣大雅(うきす・たいが)を含め、10人の3年生は花園を知る代だ。その間にもう一度、聖地を訪れたい。3回目の倉敷戦は得点もでき、得失点差も縮めた。結果は出ている。経験豊富な楢崎の腕の見せ所である。


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