日本代表 2022.06.10

「犠牲を払ってでも準備」。日本代表の森川由起乙、脱「KFC」で初キャップへ。

[ 向 風見也 ]
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「犠牲を払ってでも準備」。日本代表の森川由起乙、脱「KFC」で初キャップへ。
日本代表デビューを目指す森川由起乙(撮影:松本かおり)


 走る。走る。大半の選手が引き上げてからも、森川由起乙はグラウンドで息を切らす。

 同じ左PRの稲垣啓太、クレイグ・ミラー、右PRの垣永真之介と、居残りでフィットネス練習に取り組んでいた。6月8日だ。参加が叶ったラグビー日本代表の宮崎合宿は、本格スタートから3日目を迎えていた。

 稲垣、ミラーの所属する埼玉パナソニックワイルドナイツ、森川、垣永のいる東京サントリーサンゴリアスは、わずか10日前に国内リーグワンのプレーオフ決勝を戦ったばかりだった。

 ファイナルの舞台で長時間出場したPR勢は、最前列で組むスクラムのセッションを見学することが多かった。4人は衝撃度の高いスクラムを少し控える代わりに、心肺機能を高めようとしていたように映る。

 ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチら首脳陣に、身体的な負荷が考慮されたのだろう。

 特に森川は、決勝の前から「腰のコンディションがよくなかった」とのことだ。7月9日までのテストマッチ4連戦では、1分でも多く出番を得たい。それだけにいまは、はやる気持ちを抑える。

「(練習には)入れる部分から入って、徐々に(状態を)上げていって、コンディションが整ってからすべてのトレーニングに参加するようにしてもらっています。焦らずに治してから、100パーセントのコンディションでチームにコミットしたいです」
 
 身長180センチ、体重113キロの29歳。京都成章高、帝京大を経て2015年からサンゴリアスでプレー。目標の日本代表初選出は、昨春に叶えた。

 憧れのチームでまず命じられたのは、「KFC」への参加だ。
 
 「KFC」とは、体脂肪を減らさねばならない選手群のようだ。世界的なフライドチキンのフランチャイズ店にちなんで命名された。チーム全体のトレーニングとは別に、フィットネス強化のメニューが課された。

 「そこはジェイミーに怒られちゃいました」とは、森川の述懐。かように注意された。

「(課された)基準を達してくることが最初の条件だ。合宿のたびにずっとそこ(KFC)にいるようでは、試合に出られる選手でも試合から遠ざかる。ここで得たいものがあるなら、犠牲を払ってでも準備してくることが当たり前ではないか」

 果たしてブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ、アイルランド代表とのテストマッチに、森川は出られなかった。ただ、多くを得た。

 長谷川慎アシスタントコーチには、持ち場のスクラムで「当たる瞬間に頭がお辞儀してしまう癖」を改善してもらえた。足の位置、後ろや隣の仲間との密着、組み合う瞬間の意識に変化をつけることで、首から背中までの線を一定に保てるようになったのだ。

 長谷川には、ツアー先のホテルでスクラムの映像を一緒に見てもらうこともあった。欧州遠征の途中で、オンライン取材に応じた長谷川が森川の成長ぶりを讃えたことがあった。

 まもなく森川は、自身と同じ関西人である長谷川にこう言われたと笑う。

「ほめ倒しといたで」

 感謝も口にする。

「実戦でのスクラムは組めてないですが、練習では自信を持てた。感覚的な部分は変わっている。ありがたかったですし、いい勉強になりました」

 ジョセフとの関係も築けた。試合に出られなかったわけを聞きに行けば、ノルマ達成に関する指摘に加え前向きなメッセージももらえた。

「練習態度はすごくいいし、思っていた以上のことに取り組んでくれている。(今後も)レベルアップして欲しい」

 秋の代表活動では、足首の状態が悪かったために途中で離脱も、ジョセフからは「スタンダードを落とさないように」と励まされていた。

 春の「KFC」入りを受けて食生活の改善、オフの短縮化を心がけており、直近のリーグワンでは「ディフェンスで自分の存在を見せられた」。先発機会は前年のトップリーグ最終年度より3度少ない5度にとどまったが、途中出場時も与えられたタスクを全うできた。特に、得意の防御で手ごたえをつかんだ。

 かくして、日本代表デビューへの挑戦権を取り戻した。

「戻ってこられてうれしいですし、次はファーストキャップを獲れるように頑張りたいと思っています」

 今度のキャンプでは新顔が並ぶ。初期段階で集まった正規メンバーの34名中、初めてジョセフ体制へ参加する選手は代表未経験者5名を含めて計8名にのぼる。

 森川もまた、「自分も試合に出ていない、新しい選手」と自覚する。ようやくスクラムの輪に入るや、隣のHOでリーグワン初代MVPの堀江翔太に「何か(修正点が)あったら、言ってください」。腕を交差させ、腰を落とす際の感覚をすり合わせる。

「(サンゴリアスで組んだ)スクラムは安定してきて、僕ら側にペナルティキックをもらえるようになってきたんですが、同時に相手にペナルティキックを与えてしまうことも増えた。テストマッチではそのひとつのターンオーバーがピンチにつながる。精度を上げていきたいです」

 渇望していた緊張感を味わっている。

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