【ラグリパWest】復活の足音。中井俊行 [大阪体育大学ラグビー部 部長兼監督]
中井俊行は大阪体育大学のラグビー部を卒業生として一番知る。
この4月から、愛称「タイダイ」の監督になった。これまでの部長と兼務。指導の最前線に立つ。部内ではGM兼監督の中谷誠、ヘッドコーチの安藤栄次が退任した。
「学生たちが頑張って、勝ってくれたら、幸せやなあ。そんな風に考えるのは、それだけ年がいったっていうことかなあ」
顔の真ん中にしわが寄る。その笑顔は変わらないが還暦手前。学内では体育学部の准教授。周囲は「先生」と呼ぶ。
ラグビーでは喫緊のミッションがある。
「Aリーグ再昇格」
タイダイは来るべき秋を含め3年を関西大学リーグのB、すなわち二部で過ごすことになっている。
中井の恩師であり、中谷の前にチームを率いたのは坂田好弘。アジア人として初めてラグビー殿堂に入った。70歳になった2012年のシーズンを最後に勇退する。その後、今年を含み10年中6年はBリーグになる。
中井は前任者を肯定する。
「タイダイはよくなってきていると思う。ただAリーグの8チームも全部が強くなっている。差は詰め切れてへん」
今回、復活の軸に据えるのは、「ヘラクレス軍団」と呼ばれた強力FWの再生である。
タイダイの創部は1968年(昭和43)。58回を数える大学選手権には27回の出場がある。出色は1989年度の26回大会。4強に進んだ。坂田はウエートトレだけの日を作り、学生たちの肉体を鍛え上げる。当時は画期的なことだった。ヘラクレス軍団のゆえんである。
中井はコーチとしてそれを支えた。早稲田には12−19で敗れたが、その赤黒は決勝で日体大を45−14と圧倒する。
タイダイは早稲田のスクラムを粉砕した。ミスがなければ最高位の4強3回は変わっていたはずだった。主将は右プロップの高橋一彰。タイダイ初の日本代表になった。トヨタ自動車でキャップ21を得る。早稲田を統率したのはナンバーエイトの清宮克幸。日本ラグビー協会の副会長である。
中井もまた現役時代には、主将としてタイダイを初の関西リーグ制覇に導く。早稲田との7点差に先立つ4年前のことだ。絶対的王者だった同志社を34−8で破る。リーグ戦連勝を71で止め、10連覇を阻止した。ポジションは右プロップだった。
長崎正巳は中井の選手時代を語る。
「すごい選手やったよ。FW第一列はどこでもできた。ラインアウトのスローイングも正確やった」
170センチ、80キロほどの体で強力なスクラムを支えた。長崎は1学年下。センターとしてこの同志社戦にともに出場する。現在はタイダイの職員。部ではメンター。今ではコーチングも施し、先輩の中井を助ける。