【ラグリパWest】復活の足音。中井俊行 [大阪体育大学ラグビー部 部長兼監督]
中井はその公式戦出場を努力でつかんだ。入学当時、「部員全員の力を知りたい」と6つほどのチーム割りができた。中井の名前は抜け落ちていた。印象は薄かった。
「それをエネルギーに頑張った? 頑張ったんやろうなあ」
他人事のように笑うが、個人練習に没頭。翌年からレギュラーになる。
中井は卒業と同時に大学に残り、研究生として教員の道を歩む。大阪の牧野高から18歳で入学したことから考えればすでに在籍は40年を超える。坂田以上の月日が流れる。
以前、中井はメンバー選考に関して話したことがある。
「自分に選ばせてもらえるなら、半分くらい違う選手になっていると思う」
ラグビーを教育の一方法として考える。やんちゃやだらしない選手を干すのではなく、楕円球を持たせながら矯正させていく。
中井の長男・悠人(ゆうと)は大阪教育大の大学院2年。同じBリーグ所属のチームでロックとしてプレーを続けている。学問もラグビーも父の背中を追っている。
その中井が監督となって初めての対外試合が5月7日にあった。相手はIPU・環太平洋大。40分ハーフの試合は17−36(前半17−29)と敗北する。メンバーを替えた後半、スクラムは2度、走らされた。
「言い訳になってしまうけど、ケガ人が多い」
昨年12月の入替戦は関西学院に17−48。その試合に出たフロントロー4人は全員ケガなどで欠場した。副将の五十野海大(いその・かいと)もいなかった。182センチ、110キロで格闘の中心になるロックである。
敗戦を踏まえて主将の岩本晃伸(こうしん)はこれからを見据える。
「スクラムの安定は不可欠です。これからやっていきたいと思っています」
岩本はフランカーとして先発した。
タイダイには「スクラム坂」がある。グラウンド横の斜面に人工芝を敷いた。坂田が作った。中井はその坂に視線を送る。
「使いたい。修理せんとアカンけど」
坂の人工芝はめくれ、砂が露出している。
「ケンタローやワンはここで押し上げた」
長崎の長男・健太郎と王鏡聞(わん・きょんむん)のOB2人の名前が挙がる。同期のフロントローは卒業後、新旧の神戸製鋼でともに深紅のジャージーを着る。
「タイダイやで。特徴がないとな」
中井には伝統を守る覚悟がある。
その公式戦ジャージーは黒白。これは1977年、坂田の着任後に作られた。現役時代の坂田は近鉄のウイングとして、日本代表キャップは16を得ている。
「ニュージーランド代表の強さに示される黒、純真な白を合わせた、と坂田先生から聞いた」
中井はそのジャージーにもう一度きらめきを重ねたい。21人の新入生を含め96人の選手とともに、そのことを使命とする。