国内 2022.03.10

金曜の夜、復活のプッシュ。須藤元樹[東京サンゴリアス/PR]

[ 編集部 ]
金曜の夜、復活のプッシュ。須藤元樹[東京サンゴリアス/PR]
密集して生えるヒゲ。童顔を精悍に。バイクにも似合う。(撮影/松本かおり)



 SH流大は試合後、FWに「許してくれ」と言った。
「レフリーからユーズ・イットのコールが出たんだよ」
 スクラムトライ寸前だった。

 3月4日、秩父宮ラグビー場。
 東京サントリーサンゴリアスがコベルコ神戸スティーラーズを56-17と圧倒した試合のラストプレーだった。

 相手ゴール前でのサンゴリアスボールのスクラム。黒いジャージーのパックはかたまり、力を結集してグイッと前へ出た。
 押し切り、そのままトライかと思われた時、ボールはパスアウトされた。ショートサイドのWTBテビタ・リーが同試合、自身3つめとなるトライを左隅に決めた。

 タイトヘッドPRとしてトイメンを後ずさりさせた須藤元樹は、後半16分にピッチに入った。
「(最後の最後に自分が)仕事をする場面が巡ってきた。フィニッシャーとしての責任を果たそう、と思いました」と振り返る。
「押し切った。(FW)8人全員がそう感じたはずです」

 入団6シーズン目。28歳の強力なスクラメイジャーだ。
 ルーキーイヤーの2016年度、翌年と試合に出場し続け、チームの連覇に大きく貢献した。
 2017年の春には日本代表に選ばれ、韓国戦2試合に出場している(2キャップ)。

 力が認められ、2018年にはナショナル・ディベロップメントスコッドに選ばれ、サンウルブズへ。
 さらに日本代表にも呼ばれた(試合出場はなし)。2019年ワールドカップへ続く道を、順調に歩んでいた。

 ただ、その歩みは突然止まる。
 代表活動を終えてサンゴリアスに戻った、7月7日だった。リコーとのプレシーズンマッチで左ヒザの前十字靭帯を断裂する。
 3年に渡る苦難の時間の始まりだった。

 靭帯断裂という大ケガからのリハビリを終え、復帰しても、受傷箇所を無意識のうちにかばってしまったかもしれない。
 ふくらはぎや太ももの肉離れ、細かなケガを繰り返してなかなかパフォーマンスが上がらなかった。

 先のスティーラーズ戦は、悶々としていた時間を乗り越えてつかんだ久々の出番だった。
 昨季のNTTコム戦(同シーズン唯一の出場)に途中出場して以来の公式戦だった。

 長かった沈黙期。その間に日本列島は、ワールドカップの熱を帯びた。
 その舞台に自分も立ちたかった。ケガさえしなければ。
 悔しさがあふれた。

「でも、ラグビーを嫌いになったり、離れようとは思わなかった。復活してあそこへ立ちたいと、燃えました。ラグビーが大好きなので」
 その気持ちが、復活までの道程を走り切るエナジーとなった。

 社員選手としての4年を経て、2020年の春からプロ選手になった。そのことも、復帰とは無縁ではない。
 ヨガやピラティスに取り組み、体と向き合う時間が増えたことがプラスになった。

「自分に使える時間が増えた結果だと思います。ただ、社員選手としての4年は、社会人としての基礎を学びました」
 セカンドキャリアに踏み出すときの支えにもなる。

 体の大きさと覚えやすい名前で、営業先では可愛がられた。
 社業を離れるとき、お得意様が「えーっ、やめないで」と言ってくれた。
 いまでも応援してくれている。

 それらの経験や縁は財産と分かっている。社業をもっと長く続けていても、いい人生を送れたと思う。
 それでもプロの道を選んだ。しかも、ケガに苦しんでいる時期に決断した。ラグビーにできるだけ多くの愛情を注ぐと決めた。

 日本代表に加わったとき、堀江翔太や田中史朗(当時ともにパナソニック)、リーチ マイケル(東芝)に、それとなくプロの魅力について尋ねたことがある。
 それぞれ言葉は違えど、3人から共通して感じたことは、最上級のラグビー愛あふれる感情だった。

「高いレベルでラグビーをやれる期間は限られています。みなさんの気持ちに触れ、自分も、決して長くない期間をラグビー100パーセントにしたい、と思いました。進学も、就職もラグビーでしました。ラグビーは人ではないのでヘンかもしれませんが、全力で恩返しをしたい」
 誠実な人柄がうかがえる。

 ただ、ケガに苦しんだときに気持ちを和らげてくれたのは、ラグビー一辺倒の気持ちではなかったと話す。
 オンとオフの切り替えを促してくれる趣味があったから、不調な時期に考え過ぎず、ふさぎ込むことがなかった。

「ケガをしている時は、やれることが限られています。だから、つい気持ちが落ち込みがちなのですが、社会人になって増やした趣味が、気持ちの切り替えに良かった」

 ダイビングやサバイバルゲームに加え、いまハマっているのがバイクだ。
 同ポジションの先輩、垣永真之介のバイクにまたがり、エンジンをかけたときに「ビビッときた」。

 約1年前に大型二輪の免許を取得。現在はインディアン(米)のチーフ・ダークホースと、BMWのR1250GSというアドベンチャーバイクの2台を所有し、晴れた日はそれらにまたがって練習に向かう。
 垣永が主宰のカッキー・モーターサイクル・クラブの唯一の会員は、「いま、中野幹やサミー(セミセ・タラカイ)を誘っています」と笑う。
 全員がタイトヘッドPR。迫力のある愛好家集団だ。

 オフ・ザ・フィールドでは仲の良い3番たちは、グラウンドに入ればバチバチやり合う間柄だ。
 須藤は、強力なライバルたちが身近にいる環境を気に入っている。
「(帝京大主将、3番だった細木康太郎ら)優秀なルーキーたちも入ってくるので、競争はさらに激しくなるでしょう。楽しみ」
 どっしりと構える。

 2023年、2027年のワールドカップに出たい。
 しかし、「先を見るのは得意ではない」と自己分析する。
「まず、サンゴリアスでレギュラーになることが一番大事。目の前のこと一つひとつをやっていった結果が、W杯につながれば」と言う。

 3月11日に予定されるクボタとの試合(秩父宮/19時)でも、ベンチに入った。今回も18番を背負い、フィニッシャーの役目を担う。
「クボタのFWは強い。自分の力を出していきたい」と言葉に力が入る。
 今度こそ、文句なしに押し切る。

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