国内 2022.02.02

静岡ブルーレヴズをけん引の矢富勇毅。最後のサンウルブズは「クイズ」で束ねた。

[ 向 風見也 ]
静岡ブルーレヴズをけん引の矢富勇毅。最後のサンウルブズは「クイズ」で束ねた。
2022年1月30日、静岡ブルーレヴズにとっての歴史的初戦で奮闘した矢富勇毅(撮影:小山真司)


 36歳が76分間、プレーした。ポジションは運動量のいるSHだ。

「ラグビーをやるのは、楽しいですねぇ」

 矢富勇毅は1月30日、静岡ブルーレヴズの9番をつけた。本拠地のヤマハスタジアムで、リーグワンのディビジョン1・第4節へ先発。終始、防御の手の届きづらい場所へロングパスを通す。

 わずか1点リードで迎えた後半9分には、中盤右のラインアウトから左に展開する。CTBのヴィリアミ・タヒトゥアを2人のタックラーの間へ走らせ、接点で球を拾うやその右脇を駆け上がる。引き付けた防御の背後へパスを放ち、WTBのキーガン・ファリアの突破を促す。

 敵陣ゴール前右にできた密集への到達は、やや、遅れてしまう。ただしそれまでの間に、対するNTTドコモレッドハリケーンズ大阪が反則を犯していた。

 矢富は、しばらくプレーを続行してよい「アドバンテージ」の宣告を受ける。左奥へパスを放る。受け手となったSOの清原祥は、飛び出す防御から逃れつつ左大外へ蹴った。

 WTBのマロ・ツイタマが捕球。インゴールエリアを駆け抜けた。

 直後のコンバージョン成功もあり、ブルーレヴズは21-13とリードを広げる。最後は36-13とさらに差をつけ、今季初白星を得た。

 開幕からの3試合は不戦敗。部内でクラスターが発生したためだ。

 今度のブルーレヴズは、名称変更後初の公式戦で白星を挙げたのだ。矢富はオンライン会見で言った。

「開幕から試合ができずに悔しい時もあったんですけど、選手、スタッフ、ブルーレヴズに関わる人たちが前を向いて、自分たちができることをして…。きょう試合ができたことに感謝していますし、勝ったことは素直に嬉しいし、いい一歩が踏み出せたじゃないかなと思っています」

 身長176センチ、体重85キロ。度重なるけがに泣かされながらも、早大時代から通算して日本代表16キャップ(代表戦出場数)を獲得した。前身のヤマハ発動機ジュビロ時代から、ずっとクラブの顔だった。

 2016年からの2シーズンは、故障離脱の時期を避けて「二期作」にも挑んだ。晩夏から冬までは、日本のトップリーグに参戦。冬から初夏にかけては、国際リーグのスーパーラグビーに乗り込んだ。

 当時は、日本唯一のプロラグビークラブだったサンウルブズがスーパーラグビーに加盟していた。国内外での転戦を通して日本代表強化を支え、熱狂的なファンに愛された。矢富もその隊列に加わり、季節ごとのスコッドの入れ替え、国際レベルのゲームを体感してきたのだ。

 サンウルブズは2020年限りで同リーグを撤退し、クラブを支えた一般社団法人ジャパンエスアールは今年1月31日に解散する。その知らせが寂寥感を漂わせるよりも前の昨年6月12日、サンウルブズは静岡のエコパスタジアムに火をともした。日本代表と強化試合をしたのだ。

 ここで矢富はアシスタントコーチを務めた。ブルーレヴズにも入閣する大久保直弥ヘッドコーチに、声をかけられたためだ。

「サンウルブズでは選手として2年間プレーさせていただいていた。静岡で試合があるのもわかっていて、何かしら力になれたらとは思っていたので、素直に嬉しかったですし、光栄な機会だなとは思いました」

 今度のサンウルブズは2代目主将のエドワード・カークのようなレジェンド勢、日本代表合宿に参加していた選手の一部により編成された。

 JAPAN XVと銘打つ日本代表のレギュラー候補をどう攻め、どう勝つか。その枠組みは、試合の約1週間前に始動した時点でほぼ固められていた。大久保と親交のある沢木敬介コーチングコーディネーターは、一撃でスコアを奪うサインプレーの落とし込みに定評があった。

 選手が時間差で合流する急造チームにあって、矢富もBKの指導、シミュレーション練習におけるJAPAN XV役へのプレーのアウトソーシングを担う。何より首脳陣から「目の付け所がいい」と褒められたのが、グラウンド外での取り組みだった。

 静岡県内の宿舎で、「ウルフパックナイト」と名付けた催しを企画。サンウルブズの歴代ヘッドコーチ、マスコット名、創立年を問う自作のクイズを出した。このチームで、この試合に臨む、その意義を共有した。

「途中参加の選手もいたので、全部のクイズを皆でやるのは時間的に難しくて。一度やったクイズはラミネートして(共用スペースの壁に)貼って、次の日にはその答えも貼るようにしました。自分自身がサンウルブズで素晴らしい経験をさせていただいたので、短い時間であっても『サンウルブズがどんなチームだったか』を選手の皆さんに知っていただけたらという思いでした。サンウルブズの価値みたいなのもわかって試合ができると、また、(パフォーマンスが)変わってくるのかなと」

 果たして当日、よく練られたサインプレーで日本代表陣営を驚かせる。17-32と敗れたが、日ごとにまとまってゆくサンウルブズにあって「僕自身が、一番、変わったのではないか」と矢富。選手との垣根を作らず加速度的に組織を練った大久保、沢木に感銘を受けた。

「(本格的な練習ができたのは)実質2日。それでよくあそこまで選手に勝つと思わせ、形を作っていったなと。あの2人のミーティング、普段からの接し方が素晴らしいんだなと実感しながら、サポートをしていた感じです」

 かねて指導に興味があった矢富は、新生ブルーレヴズでも選手と「アドバイザー」を兼任。レギュラーの座を守りながら、堀川隆延監督、ヘッドコーチの大久保らとともに「5Hearts」なるクラブの哲学を若手へ落とし込む。

「(他の選手に)教えることで、頭の整理もできます。年齢も重ね、フィジカルの部分ではしんどい部分が出てくるかもしれないです。それを頭の部分でカバーしていける。プラスの部分が生まれています。(パフォーマンスと指導の)両面からいい影響を与える選手、コーチでいたいです」

 何のために戦い、勝つのか。その要諦を踏まえる戦士はいま、2月5日のリーグワン第5節(東京・駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場/対 東芝ブレイブルーパス東京)を見据えている。

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