国内 2021.04.25

NTTコム対キヤノン、8強入りを分けたシステム以外の領域。

[ 向 風見也 ]
NTTコム対キヤノン、8強入りを分けたシステム以外の領域。
先制トライを挙げたキヤノンのコーバス・ファンダイク(撮影:桜井ひとし)


 バックスタンドのハーフ線上。敗れたNTTコムの金正奎共同主将と、勝ったキヤノンで再三好ジャッカルのアマナキ・レレイ・マフィが涙ながらに抱擁する。

 4月25日、東京は江戸川区陸上競技場。国内トップリーグのプレーオフトーナメント2回戦が終わった頃のことだ。マフィは2014年度から今季途中までNTTコムに在籍し、同期入団の金と親交が深い。

「お互いにそういう感情が込み上げてきたのが態度に出て、ああいう感じで抱き合っただけです」

 金がこう言葉を選んだこのシーンに、観客は拍手喝采。施政者の意思決定で入場すら危ぶまれた「1983人」は、物語性の高い場面に感動しただろう。ただし両軍のストーリーを想起させる局面は、ノーサイドの笛が鳴る前にも数多くあった。 

 前半30分頃。6-14とリードされたNTTコムは、自陣10メートル線付近で激しく身体を当てる。ミスボールを拾って一気に前進も、対する主役のマフィが大きく駆け戻ってジャッカル。キヤノンはまもなく、SOの田村優のキックで陣地を挽回した。

 NTTコムは、13-22と9点差を追う後半12分以降も歯車の調整に難儀。元スコットランド代表SHのグレイグ・レイドローが自陣深い位置から高い弾道を蹴り上げるも、その地点より前でプレーした選手がいたとして笛を吹かれる。

 ここで好機を得たキヤノンは、15分、向こうのタフなタックルにパスを乱しながらもそのこぼれ球をFLのエドワード・カークがカバー。エアポケットへ入ったようにそのままインゴールを割り、直後のゴールキック成功で29-13と点差を広げる。
 
 43-13という最終スコアができ上るまでの間、キヤノンは日本代表NO8のマフィの好守、南アフリカ代表CTBのジェシー・クリエルのラインブレイクで得点板をコントロール。何よりWTBのホセア・サウマキのタッチライン際での粘り、相手のパスが外へ出た直後の素早いプレー再開などで緊張感を保った。

 自前のシステムに沿って有機的に攻め、鋭い出足の防御ラインを保ったのは両軍とも同じ。勝敗を分けたのは、かような仕組みで補いきれぬ領域での献身と反射神経だった。

「勝つ準備をメンバー、ノンメンバー関係なくやってきたのですが、その準備したことをできなかった残念さがあります。ボールを継続できず、ブレイクダウン(接点)でプレッシャーをかけられたのを修正できなかった。システムは信じたうえで、自分たちがどうコミットするか(が学びになった)」

 敗れたNTTコムでは、日本代表候補でSOの前田土芽がこう述べた。かたやキヤノンの沢木敬介監督は、「試合を重ねるごとに成長できている」。日本代表の田村主将が「主将が頼りないので皆がサポートしてくれる」と周りに感謝するその横で、指揮官はこうも話した。

「いまはゲームに出られないメンバーにもチームの力になろうという思いを持った選手が増えてきている…と言ったらおかしいですが、そういう感情を出せるようなチームになってきている。僕が(就任後)最初に感じていたチーム力とは違っている」

 リーグ発足8年目の2010年に初昇格したNTTコムは、総工費約60億の本拠地を作った2018年度までの3季で16チーム中5位、9位、5位と上位に接近。ただしレギュラーシーズン(レッドカンファレンス)で3勝3敗1分の今季は、けがを含めた複数の理由による主力の離脱が続いた。

 攻撃哲学と思慮深さで礎を築いたロブ・ペニー ヘッドコーチがクラブを去り、2年が過ぎていた。マフィの移籍を容認していた内山浩文ゼネラルマネージャーは来季に向け、大幅なてこ入れを施すと匂わせた。

 かたや一昨季16チーム中12位のキヤノンは今季、元日本代表コーチングコーディネーターの沢木が監督就任。前任者時代までのことは「わからない」としながら、戦力や環境を結果に昇華できなかった背景をこう看破したものだ。

「皆、チームがよくないのを何かのせいにしたがっていると感じました。結局は自分のチームに対する愛情がない。本気で話してもいなかっただろうし、よくしようと思ってなかったんじゃないですか」
 
 クラブハウスでは組織文化を育むための小グループ別のミーティングを設定し、フィールドでは実戦仕様のセッションを大声と鋭い眼光で指揮。攻め気と粘りを促成栽培し、レギュラーシーズン(ホワイトカンファレンス)では開幕3連敗もその後は中止を挟み3連勝した。

 自軍が難易度の高い複層的な仕掛けを目指している点について問われれば、近くにいたスタッフに「こんなことを言ったら怒られるのか?」と伺いつつこう言い切る。

「蹴ったボールをただ追っかける犬みたいなラグビーをするのか。去年はそんな感じだったじゃない? 選手もそう思っている。…ただ、そうじゃないことをやるには、相応の努力が必要で。チームは、いい方向に進んでいますよ」

 日本代表のスタッフ時代に指導したマフィの受け入れに際し、かねて「うちに来た経緯はわからないけど、いる選手の力を引き出すのが俺らの仕事」と語っていた沢木監督。次戦の相手が決まる前から、「次のパナソニック戦に向けていい準備をしたい」と宣言していた。

 オンラインで実施の記者会見のさなか、記者の1人が「相手はまだ決まっていないが、次戦への意気込みを…」と聞くと、沢木監督に隣席の田村もこう応じた。

「パナですね。絶対パナ。いままでのキヤノンは強いチームとやる時は最初から負けていた。それだけは、嫌です。皆で本当にいい準備をして、勝負したい。それだけです」

 競技活動そのものへの執念と熱量を、純度の高い言い回しに込めていた。シーズン中に0-47で屈した優勝候補とは5月8日、埼玉・熊谷ラグビー場でぶつかることとなった。

勝利後、ファンにあいさつするキヤノン。マフィ(左)はかつての仲間とノーサイドで涙(撮影:桜井ひとし)

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