逆襲の走り。桐蔭学園高校・矢崎由高は、「打開をテーマにやっている」。
7-31。前半に大差をつけられた。
「相手の強い圧力を前に自分たちが引いてしまって。前日から前に出よう、前に出ようと言い合っていたんですけど…。前線のプレーヤーが身体を張っている。客観的に見える自分が声を出さなければいけないところでしたが、それが、できなかった」
矢崎由高は決意した。
「前半以上に自分からボールを呼んで、走れる機会を多くしよう」
3月31日、埼玉・熊谷ラグビー場。全国高校選抜大会の決勝に挑んでいた。矢崎のいる桐蔭学園高は東福岡高に序盤から圧を受けたが、ハーフタイムを経るや向こうの穴を端的にえぐる。筆頭格が矢崎だった。
グラウンド最後尾のFBへ入る新2年生は、「自分の強みはラン。そのランは、ギャップや相手のバランスが崩れた時に活かせる」。自陣10メートル線付近左中間からカウンターアタックを仕掛ければ、目の前に2人並ぶタックラーの間へ直進する。防御を引きつけたことで左側へ空間を生み、パスをさばく。
「前を見て、スペースを確認して、走り込み、そこに相手が寄ってきてくれたらパス。単純なプレーなんですけど」
かような「単純」というか簡潔な動きを何度でも再現できるのが、この人の強みかもしれなかった。
スタンドからため息が漏れたのは後半18分だ。
自陣10メートル線付近左のスクラムから、桐蔭学園が右大外へ展開する。球を後ろへ下げる。
自陣中盤右中間でパスを受けた矢崎は、せり上がった東福岡の防御網を前に冷静だった。右へステップ踏んで目の前のタックラーの左側を抜け、ハーフ線付近で待つカバー役も振り切る。ポールの真下へ悠然と球を置き、24-43とする。
直後のゴールキック成功で26-43と、3トライ1ゴールで追いつくスコアとなり、残り時間は、約12分。観客のいるスタンドなら、興奮のるつぼと化しただろう。
続く24分にも、矢崎は妙技で魅する。
自陣深い位置から味方が2本のオフロードパスをつなぐと、最後にボールを得た15番が約70メートルを一気に駆ける。敵陣10メートル線付近にいたタックラーは、右肩を左後方へねじる動きで置き去りにした。
31-43。さらに点差を詰める。メインスタンドに座る関係者からは、「もう1回、矢崎が走れば勝負はどうなるか」と漏れた。
「…そういうプレーに思い入れはないのですが、トライが取れてよかったです。…すみません、気持ちが追いついていなくて…」
圧巻のフィニッシュを本人が振り返ったのは、31-46で大会4連覇を逃した直後のことだった。悔しさと興奮が入り混じっていたような。
東福岡に自身と同じ吹田ラグビースクールの先輩(左PRの西野帆平。強烈な突進とスクラムが光った)が出ていたとあり、こうも述べた。
「自分としては絶対に負けられないと思っていたんですけど…。今度は絶対にリベンジできるよう、一から練習し直したいです」
昨冬の登録では身長180センチ、体重77キロ。1月までの全国高校大会では、1年生レギュラーとして大会連覇を達成した。自ら作り出したランニングコースを切り裂いたり、休まずに動いて常に的確な位置へついたりして光った。
果敢にボールを動かす桐蔭学園高のスタイルが好きで、大阪の実家を離れて神奈川の寮へ移っていた。
当初は周りと言葉のイントネーションを合わせるのに苦労したと笑うが、いまでは「暮らしが安定してきた」とのことだ。
「去年は力強い3年生がいて、自分はその手助けというか、おいしいところを持って行くだけだった。今年は打開をテーマにやっている。体力、フィジカル、スピードも、ひと回りもふた回りも上げられるようにします」
無観客会場で存在感を示した世代有数の逸材。マスクの流行る現代の英雄となるか。