国内 2021.03.14

自分の気持ちに正直に。李鍾基[闘球マーケティング社]、ラグビーに戻る。

[ 編集部 ]
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自分の気持ちに正直に。李鍾基[闘球マーケティング社]、ラグビーに戻る。
家族と福岡に暮らす李鍾基さん。



 毎晩のように夢を見た。
 ラグビー。ラグビー。またラグビー。楕円球の光景がいろんな形で出てきた。
 大阪・東大阪市生まれの42歳。李鍾基(リ・ジョンギ)は2019年の秋、そんな夜を何度も過ごした。

 兄の猛反対を受けながら大阪朝高でラグビーを始めた。朝鮮大学でもプレーを続け(LO、バックロー)、高校、大学と主将を務める。卒業後にはニュージーランドのウェリントンに向かい、ラグビーを学ぶほどの楕円球愛好家だ。
 帰国後は都内ホテルのジムでインストラクターを務めた後、母校・朝鮮大学の教員となる。ラグビー部の監督を長く務めた(1年のコーチ時代も含め、計10年指導)。

 結論から言うと、李さんはラグビーの世界から一度離れ、戻ってきた。冒頭の夢は疼きであり、いざないだった。
 2013年、朝鮮大学の教員、監督を辞めた。早大大学院スポーツ科学研究科スポーツビジネス領域の修士号を取得していたから、2019年ワールドカップ成功や日本ラグビーの発展のためにスポーツビジネスの世界に身を置こうと考えた。
 しかし、うまくいかなかった。

 そのうち妻が妊娠。なんの保証もない夢を追うばかりではダメだと考えた。いや、自分にそう言い聞かせた。
 義理の父が経営する福岡のホテルが多忙を極めていたから手伝うことにする。住まいも移し、業務に没頭した。
「ラグビーやスポーツと距離を置くと決めて、スッキリしたつもりでした」
 福岡に移り住んだのは2015年。その秋、日本代表が南アフリカを破った。

 毎夜のようにラグビーの夢を見た2019年は、日本でワールドカップがおこなわれた年だった。
 家族で福岡のスタジアムへ観戦に出かけたとき、ラグビーカルチャーの素晴らしさをあらためて知る。日本代表の活躍を通し、感動以上のものに触れた。
「こんなにラグビーが好きなのに、どうしていろんな人たちとのつながりを手放してしまったのかな、と思いました」
 自分はどうやって生きていくべきなのか、生きたいのか、答えが出た気がした。

 仕事を辞めた。
 2020年の春を目指し、地域に根ざしたラグビーショップを開きたいと思うも、コロナ禍もあって計画は狂う。しかし、情熱を注ぎ込める世界で生きると決意したのだから心は沈まなかった。
 目指す分野の先輩に相談すると、的確なアドバイスをもらえた。「一緒にやろう」というサポートも。トラック運転手をして生活を保ちながら準備を進め、2021年1月に『闘球マーケティング社』を立ち上げる。
「ラグビーのことをやっている会社と伝わりやすい名前にした方がいいと、助言をもらいました」

 ニュージーランド留学時代に知り合ったラグビー用品インターネット販売の最大手『RUGBY ONLINE』の小澤響平社長は、特に厚くサポートしてくれた。
「応援するし、サポートもするよ、と」
 ラグビー用品ブランド『グリフィン』の九州担当代理店となったのも、その縁からだ。
 仲間っていいな。

 ホテル業にも真剣に取り組んだつもりだ。でも、常に誰かと比べたりする時間を振り返り、「自己肯定感がまったくなかった」と話す。
 自分のフィールドではないから、地に足がついていなかった。自信もなかった。
 ある日のことを思い出す。東京に出かけた際、同じ形態のホテルに宿泊して「これは敵わない」と感じたことがあった。
「経営している人のこだわり、人生が、ドアノブひとつからも感じられる作りだったんです」
 仕事とは、そうあるべきだと思った。

 いまは自分も、同じように生きている。「ありのままでいられる」と言う。
「(他社には)競合するところも、もちろんあると思いますが、みんな(ラグビーを愛している)仲間と思っています。いい意味で、誰かに勝ちたいとかそういう気持ちがありません」
 成功が約束されているわけではないけれど、長く愛してきた世界だ。やりたいことがたくさんある。それだけで幸せだと感じる。

 ラグビーはいろんなことを教えてくれた。
 反対を押し切って始めたラグビーなのに、虚弱体質で、試合をすればケガをしたし、熱を出していた高校時代。
「そんな自分を、少しずつ強くしてくれたのがラグビーでした。キャプテンとしてみんなをまとめたり、大学の指導者としても多くのことを学びました。勝てなかったり、教え子がトップリーグでプレーしたり、いろんなことがあって、多くの経験をさせてもらった。いろんな人たちと出会えました」

 3月13日、福岡・宗像に李さんの姿があった。
 その日はトップリーグ、宗像サニックス×トヨタ自動車の試合がグローバルアリーナでおこなわれていた。会場にショップを出し、グリフィンのボールやオールブラックスグッズを販売した。
 風が強かった同日。「さっき、ここらへんの商品が吹っ飛んだんですよ」と言う顔も穏やかだった。
 笑顔のあるショップには、きっと人が集まる。
 楽しんで生きるっていいですね。

トップリーグの試合会場でラグビーグッズショップを出店する

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