国内 2020.10.30

本心にフタをしていた過去の自分。桑野詠真[ヤマハ]の覚醒と覚悟

[ 編集部 ]
本心にフタをしていた過去の自分。桑野詠真[ヤマハ]の覚醒と覚悟
193センチ、110キロ。「筑紫魂」が自身の真ん中を貫いている。(撮影/松本かおり)



 10点満点中、8点、9点の日が多くなってきた。毎日つけているラグビーノートの自己採点だ。
 桑野詠真の心身が充実している。練習を見つめれば、精力的に動き、積極的に声を出す姿が見られる。発する言葉にも意味がある。

 2021年1月中旬の新シーズン開幕へ向けて準備を重ねるヤマハ発動機ジュビロ。準備は3つのタームに分けられている。
 スピードに重きを置いた第1期に続き、現在は2期目が始まったところ。フィジカル強化に重きを置いて取り組んでいる。

 まだ始まったばかりの第2期は、ボクシングの元世界チャンピオン、八重樫東さんを招いての特別セッションで始まった。
 その初日の冒頭、八重樫さんが試合や恐怖心との向き合い方をテーマに話す時間があった。大きなことを成し遂げるときに大事なこととして、「覚悟を決めることの重要性」と「それを大きくしていく毎日の過ごし方」を説いた。

 それらの言葉が桑野に刺さった。
 八重樫さんへの質問タイムとなった瞬間、手を挙げる。世界を獲った人に、「一日一日、出し切って過ごすために心がけていたことはなんですか」と問いかけた。

 桑野は、今季が入団して4シーズン目のLO。コロナ禍で途中打ち切りとなった3季目は全6試合に出場も、強い相手との3試合はベンチからのスタートだった。
 レギュラー定着には届かなかった。

 福岡・筑紫高校でラグビーを始め、早大では主将も務めた。高校日本代表をはじめ、年代別代表を経験。192センチ、110キロと体格にも恵まれ、ジュニア・ジャパン選出の経験もある。
 愚直に生きてきた。志も高い。それでもヤマハの絶対的なレギュラーになれない現実があった。

 昨年12月、あらためて自分と向き合う機会があった。チームのメンタルアドバイザーとのやり取りを通してハッとした。
 その直前の11月に実施されたフランス遠征ではBチームだった。それを踏まえ、自分の置かれている状況はどうか。目指しているところはどこか。それらについて話した。

 桑野くん。キミの考え、やろうとしていることは正しい。アドバイザーは、そう言った。
「そして言われました。それでも(Aチームで試合に)出場できていないのはどうしてか分かるか、と。覚悟が足りないんだよ、と」
 目が覚めた。
「本気で日本代表に、(ヤマハの)レギュラーになる覚悟はあるのか。日本一をとる覚悟はあるか。そう問われ、『ハイ、あります』と即答できない自分がいました」
「足りなかったのは、心の底からの覚悟」と気づいた。

 日本代表になりたい。以前からそう口にしていたけれど、それは言葉でしかなかったかもしれない。
 2015年のワールドカップで日本代表が南アフリカを倒した。早大の4年生だった桑野は、オックスフォード遠征と重なったから、その試合を現地のスタジアムで観戦し、興奮した。
 すごいな。世の中に大勢いるファンのひとりだった。桜のジャージーは憧れでしかなかった。

 昨年のワールドカップで日本代表がアイルランドをやっつけた試合は静岡のスタジアムで見つめた。
 周囲のファンと同じように感動した。ただ、今回は4年前と違う感情があった。
 どうして自分はスタンドにいるのだろう。なぜピッチに立てていないのだ。可能性がゼロではないのに、本気で(日本代表入りに)チャレンジしなかった自分が不甲斐なくて、悔しくて。
 そんな気持ちになったのだけど、それでも本気でジャパンを目指す覚悟は、まだできていなかったのかもしれない。

 アドバイザーに心の奥を見透かされ、自分の弱さ、甘さを認めるところがスタートだった。
「自分には無理だ。代表にはなれない。本当は日本代表になりたいのに、自分の感情にフタをしていました。恥ずかしいですよね。ヤマハは(長谷川慎コーチなど)代表レベルのコーチ陣にも恵まれている。そんな環境の中に身を置いているのに一番上を目指さない。失礼な話だな、と思いました」

 強く覚悟を決めて、毎回の練習に取り組むようになって、意識も変わった。
「コーチの言っていることに対して、その言葉の本質を捉えるようになりました。チームが何をしようとしているのか、言葉の裏にあるものを考え、理解する。それに対して全力でフォーカスし、グラウンドで100パーセント体現するようにした」

 ラグビーノートを大学時代からつけている。
 現在は毎回の練習に対し、まずはその日のテーマを書きとめる。練習が終われば自己採点。最初は10点満点で4点、5点だったものが、最近は8点、9点の日が増えた。
 その変化はコーチ陣の目にもはっきりと映っている。

 いま、2023年のワールドカップ出場を視野に入れて毎日を過ごす。
 3月にトップリーグ2020のシーズンが終わったときには、自身がシーズンに残したスタッツと日本代表選手やトップリーグでプレーする各国代表選手のそれを比較し、何が違うのか、ターゲットに追いつくにはどうすべきか、指導陣にアドバイスを求めた。

 近くに、いいお手本もいる。
「(日本代表のヘル)ウヴェ、大戸(裕矢)さん以上のものを出さないと、それ以上の評価は得られないと自覚しています」
 ヤマハのレギュラーになれば日本代表に近づけると信じる。「そこに立たなければ、その先はない」と肝に銘じる。

 インターナショナルでプレーすることを考えれば193センチの身長も武器にはできないから、「ラグビー理解度を高め、誰よりもハードワークする」ことで勝負する。
「課題はスピードとアタック。ボールキャリーの点ではウヴェというお手本がいるので、もっとゲインメーターを増やしたいですね。個人的にはスクラム、タックル、ブレイクダウンが好きで得意なのですが、好きだからやる、という枠を超えて、しっかりスタッツに反映されるぐらい、誰からも認められるプレーをしたいと思っています」

 まずは、2021年1月に開幕する新シーズンの初戦、神戸製鋼戦で絶対に先発メンバーに選ばれる。
 そして、その日のラグビーノートに、満点の自己採点を記したい。

すべてに100パーセントで取り組む。ラインアウトの知識も豊富。(撮影/松本かおり)

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