「ラグビーの本能」で戦った。総合格闘家・長倉立尚のこれから。
きっちり仕上げてきたつもりが、「20代の頃とは体の反応が違う」。その違和感がリング上で付きまとう。決着シーンは覚えていない。2ラウンド中、ストレートを顔面に食らったとネットニュースにあった。一瞬で目覚めたつもりで「担架? いらんよ」と言ったが立ち上がれなかった。その時は既にKO宣告され5分以上も経過、周囲が救護に慌ただしかった。
「リングに沈められ、まさに打ちのめされる。格闘技での敗因は百パーセント自分で、負ければ自分を全否定したくなるほどです。ラグビーではまた来週や次のシーズンやと試合ができたかもしれないけど、その感覚が全くない。次に勝つまで引きずる」
そんな屈辱が3度も続いたことになる。試合前まで全く考えていなかった決断をするには十分だった。
1男1女の父だ。
「物心ついてからの長男(6歳)はそんなに勝っているところを見ていません。こんな体をしているので幼稚園でも噂が広がって嬉しそうにしていたので、しっかり勝ってあげたかったけど……」
仕方ないとさえ思えた終幕で、それだけが心残り。
ただ、最後まで意気に感じることはあった。母校への寄付だ。
部員不足に苦しんでいた常翔啓光学園高が、久々に単独チームで試合に臨んだというニュースを見たことがきっかけだった。
「OBの一致団結も始まって、自分は違う畑にいて発信力がある方なので何か協力したくて」
スポンサーにかけ合い、企業名ロゴ入りでロイヤルブルーの「KEIKO(啓光)」を冠した自身の試合応援シャツを作った。120枚の売り上げ全額を渡せた。共に黄金期を築いたトップリーグ関係者のOB達も好んで着てくれている。
「やっぱり啓光愛がみんな強い。結果的に最後になったけど、できてよかった」
減量や修練の苦しみ、勝利と敗北による情動もなくなった今は、自ら経営するトレーニングジム新設の準備を進めている。
並行して、やっぱりラグビーに関わりたい思いが強い。それは高校生や大学生、若い世代への「タックル講座」だ。
「左肩で当たったらどこに体重をかけるとか、足を持ったらどうするとか、どんな原理原則でやっているか。格闘技はその積み重ねです。ラグビーでは曖昧になっている部分がまだあるはず。体に染みついたら動きの中でもできる。ラグビーでの10年、格闘技で培った10年を足して教えていけると思っています」
既に昨年、関東学院六浦高(神奈川)でセッションをした。
レスリングなど他競技アスリートを招くトレーニングが日本代表やトップチームでも取り入れられる中、ラグビーと総合格闘技の両方を知る稀有な存在の需要は高いだろう。どこから声がかかっても準備はできている。
ライフワークにしたいという念願を叶え、自分の動きが少しでも、同じようにこの競技を愛する人のプラスになればいいなと思う。
「貢献と言えるほど大それたものではないけど、好きやから携わりたいという気持ちですね。ほんまに素晴らしいスポーツやと思います」
これからも、長倉立尚の人生にはずっとラグビーがある。