コラム 2020.06.11

【コラム】ふたたび、旅が始まる。

[ 田村一博 ]
【コラム】ふたたび、旅が始まる。
好きなところへ、自由に飛び回れる日が来るのを辛抱強く待とう。



 世界で最初。そのインパクトは大きい。
 今週末からニュージーランドで、同国フランチャイズ5チームによるスーパーラグビー『アオテアロア』が始まる。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、世界中が混乱に陥った。すべてのスポーツが活動中止を余儀なくされ、スタジアムから歓声が消えた。
 そんな中で、感染対策をどこより完璧にやり遂げたニュージーランドが、観客を迎え入れてスーパーラグビーを再開させる。

 プロスポーツとしては、台湾プロ野球がひと足先に開幕し、人数を絞り込んで観客を入れるなど段階的に元通りに近づいているものの、無制限にファンを迎えるのは世界初だ。
 その事実について、ニュージーランドラグビー協会のマーク・ロビンソンCEOは「誇らしい。感謝します」と話す。その言葉には、国民の団結力への敬意と、その成果がラグビー開催に直結することへの喜びが込められている。

 昨年のワールドカップでは準決勝でイングランドに完敗。ワールドカップの連覇は途切れた。ジャージーの胸に大きくロゴが入っていたメインスポンサーは、今年いっぱいで離れる。
 オールブラックスの輝きに少し陰りが見え始めたかのように思えたが、今回、同国の底力をあらためて見た気がする。
 国を正しい方向に導いたジャシンダ・アーダーン首相のリーダーシップも素晴らしかった。
 素朴で強い。
 不測の混乱期に強いのは、そんな指導者と国民性を持つ小さな国だ。台湾も同様だった。

 もうすぐ歓声が戻りそうな国がある一方で、まだまだ先が見えない国がほとんどだ。
 日本ラグビーも、そのひとつ。
 予定されていた大会、試合の中止決定ばかりが発表される。ウイルス感染拡大の第2波、第3波が訪れる危険性は常にある。しかし、例えば9月以降の試合はおこなうなど、できる限り早く意志をアナウンスしてほしい。

 それを実現させるために、感染防止の徹底とプレー再開の準備を逆算しておこなう方が、各選手、チームの意識を高く保つ。ファンの思いをつなぐこともできる。
 突き進んでいく過程で状況が悪化して予定が変わったところで、誰が文句を言うだろうか。

 日本ラグビー協会や各地域協会、関係者が、すでに、必死に考えてはいるだろう。だからこそ、目的地を定め、「ともに旅をしよう」と言ってほしい。
 政府判断に従うことは重要だ。しかし、ラグビー界独自の感染防止策や開催実現策を重ねることも忘れてはならない。楕円球界の知恵が他をリードする姿を見たい。
 実現に漕ぎ着けたなら、昨年のワールドカップで示した日本ラグビーの実力を、自分たちも周囲もふたたび感じる。

 混乱期の中で、取材活動もままならなかったこの数か月。悪いことばかりではなかったと書き記しておきたい。
 時間がたっぷりあった。そのお陰で、2019年度シーズン限りでの引退を決めた選手たちの話をたくさん聞けた。オンライン取材でも、ラグビーへの愛が伝わってきた。

 キヤノンイーグルスで3季プレーした小林健太郎は、自身のことを「試合から一番遠いところにいた」と言った。
 しかし、「トップレベルで3年できたことは誇り。人は、もっとできただろうと言うかもしれませんが、出会い、感動、ラグビーを通していろんなことを経験し、人生の中で価値ある時間でした」と胸を張った。

 サントリーの竹下祥平は、「ピッチの上では、もうチームに貢献できることはないから」と、現役を退く意思を自分からGMに話した。これからは社業で力を発揮する。
「ラグビー部出身者は頑張るぞ、と思ってくれる人を増やしたい」

 宗像サニックスで13年プレーした濱里周作は、自分が長く情熱を傾けてきたことは何だったのかと自問自答した時、仲間の言葉で、その答えを見つけた。
「お前だから紹介できるんだぞ」
 縁をとりもってくれた友の存在もあり、地元・沖縄で建設業に就いた。

 いつもの年より何か月か遅れて、春が訪れようとしている。多くの人たちの、新しい旅が始まる。

 先日、大学ラグビーでの4年間を終えたばかりの若者と会った。この1年は自由に暮らし、やがて実家の牧場を継ぐ。もう少し経って自由度が増したら、国内のあちこちを旅して回りたいと希望に満ちていた。
 まわりの大人たちが、九州に行ったら誰々に会って、たらふく飲ませてもらえと言う。
 ある人は、四国にもいい人がいるぞ、と提案する。ゴールポストを使ったバックローの足の使い方の練習を教わればいいとか、それぞれが勝手なことを言って盛り上がった。

 いま、出張帰りにこのコラムを書いている。
 やっぱり、旅はいいな。人と会って話すのはいい。オンラインでも気持ちは伝わってくるのだけど。
 うまく説明できないけれど、対面取材で感じる緊張感が好きだ。どれだけ多くの試合を経験しても、誰もが感じる、キックオフの笛が鳴る直前の張り詰めた空気。
 あれと少し似ている。それがたまらない。


【筆者プロフィール】
田村一博(たむら・かずひろ)
1964年10月21日生まれ。1989年4月、株式会社ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部勤務=4年、週刊ベースボール編集部勤務=4年を経て、1997年からラグビーマガジン編集長。


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