国内 2020.05.05

小さな体。大きな勇気。原田季郎(キヤノン)の真っ直ぐなスピリット。

[ 編集部 ]
小さな体。大きな勇気。原田季郎(キヤノン)の真っ直ぐなスピリット。
秘めた力を爆発させて鋭い走りを見せ続けた。(撮影/松本かおり)



 右に左に鋭く動くのに、気持ちは真っ直ぐだ。
 163センチのWTB、原田季郎(はらだ・ときろう)は、「季節を問わず元気な子に」との願いが込められたその名の通り、フル稼働してきた。
 キヤノンイーグルスでのルーキーイヤー(2013年)は、8トライでチームのトライ王に。セブンズ代表として国際経験もある。
 2018年11月に左膝の前十字靭帯と内側靭帯を断裂し、生まれてはじめての手術を受けた。リハビリも含め、約1年を費やした。
 その影響もあったか、この春、静かに翼をたたんだ。イーグルスでのプレー期間は7シーズンだった。

 冒頭に気持ちはまっすぐと書いた。「負けず嫌い」、「真面目」が自己評価だ。
 膝の状態が回復に向かう中での引退にも、「結果的にチャンスをものにできなかった」とベクトルを自分に向け、受け入れる。
「トップレベルになればなるほど、試合に出たい、出るにはどうすべきか。試合に勝ちたい、そのためには何をしないといけないか。そういったことを考えることが多かった。これからは、幼かった時のような、ただただ純粋に楽しむラグビーをやりたいかな、という気がしています」

 いつだって、トイメンや周囲のほとんどが自分より大きい中で戦ってきた。怖いと思えばサイズ通りの結果になる。だから「倒してやる」と挑み続けた。
 低さ、スピード、運動量。
 大きな相手に勝つための武器を携え、磨いて渡り合った。50メートル走は5秒9か6秒。その速さと俊敏性で大男たちを慌てさせる。
「WTBはウラにスペースがあるので、そこもカバーしないといけないので長い距離を走る。そこでハードワークすることもやり続けました」

 ただ、それだけで競争や勝負に勝てると短絡的にならなかったから活躍できた。
「身長やパワーでは勝てないからといって、ハイボールのキャッチングをしなくていいわけではありません。個人練習の時間を使い、高い精度で良いプレーができるように近づけました。以前在籍していたウィリー・ルルー(南アフリカ代表)も、10本、20本でいいから継続して毎日練習することが大事と言ってくれた。高さでは届かないからと諦めるのではなく、そこの差も詰めることも忘れず、自分の強さを伸ばす」
 自分と同じような、小柄な選手たちへ向けてそう話す。常に、自分のプレーが体格に恵まれぬ選手へ勇気を与えられれば、と胸に秘めていた。

 6歳の時、故郷・福岡の太宰府ラグビースクールに入った。
 筑紫高校時代は、才能とサイズに恵まれる東福岡高校の壁を越えることばかりを考えた。早大時代は、小よく大を制すワセダラグビーを学ぶ。低さの追求。パスを受ける前に動く。持ち前のスピードをもっと活かせる術を知った。
 大学卒業前、サイズを理由になかなか正当に評価されず、進路決定に時間を要した。その中でキヤノンは能力を見てくれた。先入観への反骨心と、チームへの感謝も自分を走らせるエナジーだった。

 感謝の気持ちを素直に口にする。
「試合に出ているときはもちろん、年齢を重ね、ケガもあって、試合に出られずもどかしいときも応援してくれる方々がいました。それがあったから、ここまでやってこられた。
 今日はもういいや…と思いかけた日も正直ありましたが、応援してくれる人たちの顔が浮かんでまたトレーニングに向かいました。そうやって、日々をやり切ってきたつもりです」

 この人、トライをしてもガッツポーズをしたことがない。それが試合を決めるものでも、スタンドがどれだけ沸いても、だ。
 表情ぐらいは崩す。でも、派手なパフォーマンスは「引退するまでありませんでした」。
 人格形成において、高校時代が大きかったと振り返る。恩師、西村寛久先生の教えは、いまも自身の芯にある。
「最後に(インゴールに)ボールを置いた人が格好良くみえますが、どれを振り返っても、トライの前には、体を張ってくれたプレー、それをした仲間がいる。だから(自分をアピールするガッツポーズは)出ないんです」

 この7年間の試合で記憶に残る試合はふたつある。
 1年目、トップリーグのファーストステージ最終戦。チームは、原田が試合終了間際に決めたトライでセカンドステージを上位8チームグループで戦えることになった。
 もうひとつは、2年目のリコー戦。事務機ダービーと呼ばれる試合で勝利したことだ。
「7年の中で、リコーに勝ったのは、その時しかないんです。高校、大学って、ラストイヤーには自然と気持ちが入る。社会人だとそういうのはあまりないのかなと思っていたのですが、両チームの応援がすごくて、意地でも勝ちたいと思う雰囲気の中でプレーさせてもらえました」

 仲間や、応援してくれる人が笑顔になるものばかり。
 原田季郎は観る者にガッツポーズをさせる男だった。

「大事なのは体の大きさより気持ち、です」


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