コラム 2020.04.23
【コラム】ONE TEAM.

【コラム】ONE TEAM.

[ 向 風見也 ]

「『ONE TEAM』で大事なことは1人ひとりが責任を持って行動する(こと)、トップの人が言ったことに従う(こと)。それをやれば、『ONE TEAM』になる。いまは安倍総理も(不要不急の外出を控えるよう)言ったこともあるし、小池知事が東京で外出禁止と(訴えている)。1人ひとりがそう行動すれば感染拡大を防げるし、『ONE TEAM』で行動できる」

 確かにジョセフ率いる日本代表では、指導陣と選手との役割分担が明確だった。

 週初めには週末の試合を見据え、トニー・ブラウンアタックコーチらが各担当部門におけるミッションを提示。その内容をリーチらグラウンドの中核が咀嚼したうえで、実際の練習で全選手へインストールする。当日までのセッションで詳細を詰め、本番で迷いなく遂行しきるのが理想だ。

「オーバーシュート」を防いで平時を取り戻したさまをゴールに設定するなら、政府や自治体が示した指針をすべての市民に落とし込む過程が『ONE TEAM』のパートと捉えられても自然と言えば自然かもしれなかった。

 ただしここからが重要だが、リーチら代表選手がただ無自覚にリーダーに追随したわけでは決してない。
 
 2018年には、当時スーパーラグビーのサンウルブズを運用していた代表首脳陣と選手との間にコミュニケーション不足に伴う見解の齟齬が発生。後に日本代表の強化委員長となる藤井雄一郎が間を取り持つ形で、その溝を埋めた。

 藤井が親交の深いジョセフの思っていることを咀嚼して話したり、選手側で生じた「試合のメンバーから外れた選手と対話をしほしい」などの要求をジョセフに伝えたり。ここで選手側の声を建設的な意見に昇華した流大は、組織運営に不可欠な存在となってゆく。
 
 この時期を前後し、リーチもジョセフに「雨天時の試合に備えて石鹸水をつけたボールで練習してみては」「オフの時間の服装を自由にし過ぎでは」といった旨でジョセフに問いかけてきた。すべてのリクエストを認可させたわけではないが、リーチはジョセフとの会話を通し、首脳陣が「フレキシビリティ(その場への柔軟な対応力)」を重んじている点に感銘を受けてゆく。
 
 つまるところ、リーダーと選手がともに歩む『ONE TEAM』の状態を作るのには適切な意思疎通と相互理解があったのである。だから今度のリーチのメッセージも、「黙って人の言うことを聞け」という論調とは一線を画していると言えよう。

 この国ではいま、施政者への問題提起そのものをけん制しうる論調が生じている。「こんなに大変な時期に批判をするな、一丸となれ」は、その最たる言い回しだろう。

 しかし、市民の経済活動をコントロールする際に必要な保障制度が不十分であったとしたら、ラグビーファンやラグビー選手を含めた多くの家族の生活に影響を与えうる。

 さらに突っ込んだ話をする。いつ支給されるかが流動的な臨時給付金が個人ではなく各世帯主に一括で渡されるとしたら、家庭内の問題を抱えながらもラグビーを楽しんできた観戦者が混乱収束後にグラウンドへ戻ってこられるかはきわめて危うくなる。
 
 これから言葉の本当の意味での『ONE TEAM』を実社会で形成するのだとしたら、むしろリーダーがリーダーたるべきかを問い直す過程が必要なのかもしれない。自分が保菌者である可能性を自覚して人との接触を減らす行動も、もともとは施政者に頼まれる前に各自が主体的かつ可能な範囲でおこなう類のものだ。
 
 この手のコラムには「ラグビーを政治的発言に利用するな」との反論が届きうる。むしろこの機会に、スポーツを政治的なポジションの確保に利用してきたのは政治を生業とする側だった史実も見つめ直せそうだ。

 いずれにせよ、全国のラグビーファンの私権が著しく損なわれないよう、ラグビー選手の命、ラグビーファンの命が尊ばれる社会が作られるよう、切に願いたい。

【筆者プロフィール】向 風見也( むかい ふみや )
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(共著/双葉社)。『サンウルブズの挑戦』(双葉社)。

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