コラム 2019.12.24
【ラグリパWest】受け継ぎ、つなぐ。天野寛之[全国高校ラグビー大会総務委員長]

【ラグリパWest】受け継ぎ、つなぐ。天野寛之[全国高校ラグビー大会総務委員長]

[ 鎮 勝也 ]
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 その生まれは1958年(昭和33)8月5日。ラグビーを始めたのは高校から。千里に入学後。大学は筑波の体育学群に進む。

 筑波は明治維新後、この国の教員養成のために作られた東京師範学校を始まりとし、東京教育大を経ている。開学は1973年。ラグビー部の創部は1924年(大正13/東京高等師範時代)だ。

「オレは筑波の5期生やったね」
 左PRとして、HOは1学年下の浮辺浩一郎(四天王寺学園教員、大会記録委員長)、右PRは1学年上の池浦文昭(八幡工前部長)とともに水色ジャージーの最前列を支えた。

 当時、都心に出るにはバスで土浦まで行き、そこから常磐線に乗って上野へ出た。
「バスが20分、電車が1時間10分。秩父宮で試合がある時は前日入り。小旅行やった」
 秋葉原から直結する「つくばエクスプレス」の開通は14年前、2005年のことである。

 故郷・大阪府で保健・体育教員となったのは1982年。狭山を皮切りに、岸和田、島本、摂津で教員とラグビー指導者の生活を送った。今年3月に定年退職する。

 現在は藤井寺にある大阪緑涼で教鞭を取る。部員7人の女子ラグビー部の顧問も兼務する。学校は2年前に女子校から共学になった。

 天野には妻・由美子との間に3人の子供がいる。上の2人、長男の豪紀と次男の寿紀(としき)はトップリーガーになった。
「父親として、ラグビーをやってくれてうれしかったね」
 ともに常翔学園から帝京大。兄はHondaでHO、4学年下の弟はキヤノンのSHだ。

 2人が先発した直接対決は昨年9月8日、三重の鈴鹿であった。
「協会の人が『どっちのサイドに座りますか』って聞いてきて、結局真ん中に座ったよ」
 試合は天の配剤か19−19の引き分け。兄は今年3月、32歳で現役を引退した。
 一番下の妹の早紀も小6まで大阪ラグビースクールに在籍している。

 楕円球に囲まれた日々を生き、気がつけば還暦をひとつ超えた。89回大会から引き継いだ総務委員長は11大会目を迎える。

「大阪の高体連を中心にして、みんなに助けてもらっているからなんとかなっている」
 天野は大会を運営する全国高等学校体育連盟のラグビー専門部に感謝がある。

 今は携帯電話の普及で、ホテルに大会本部を構えて、泊まり込むことはなくなった。
 しかし、16ともっとも試合が立て込む12月30日には始発で花園に向かう役員もいる。

 表面には出てこない無数の奉仕の中で、12月27日に開幕する大会は99回目を迎える。そして来年は節目の100回となる。

「今回は記念大会に向けて、色々と準備をしている前段階やね。だからたくさんの方に見に来ていただいて、成功させて来年につなげたい。環境整えて、準備して、スムーズに進行できればええなあ、と思っています」

 主役が誰かというのは心得ている。
「大切なのは選手第一ということ。皆さんのいいプレーを楽しみにしているけど、ケガだけはせんようにしてほしい」
 悲喜こもごも。たくさんのドラマをサポートする天野の年末年始がまた始まる。


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