コラム 2019.11.22
【コラム】2019を忘れない

【コラム】2019を忘れない

[ 直江光信 ]

 7か国の出身者によって構成された今回のジャパンは、多様な背景を持つ選手がひとつになるからこそ、想像を超えるパワーを生み出せることも示した。

 日本代表なのに、なぜ外国人選手がたくさんいるのか。2015年の前回大会でたびたび上がった否定的な声は、今回ほとんど聞こえてこなかった。彼ら海外出身者の気迫みなぎる奮闘に、“助っ人”の印象を抱いた人はいなかったからだと想像する。

 ラグビーはプレーヤーの人格をあらわにする。38歳のトンプソンルークを筆頭に、ピーター・ラブスカフニやラファエレティモシー、ジェームス・ムーア、具智元らの攻守に渡る献身を目にすれば、彼らがどれほどの覚悟でジャパンのために戦っているかはすぐにわかる。肉体的にも精神的にも極限まで追い込まれる中で示したアティテュードが、“よそ者”のイメージを吹っ飛ばしたのだ。そして、そうした真のチームマンが国籍を越えて肩を組み、強大な敵を打ち破ったことは、世界のあちこちに漂う排他的で不寛容な空気への、力強いメッセージになるだろう。

 今回のワールドカップは、これまでの日本になかったスポーツの楽しみ方を広めるとともに、世界的スポーツイベントを開催するホスト国としての日本の底力も実感させてくれた。“おもてなし”という言葉に象徴される日本流のホスピタリティは、名だたる強豪国の選手やファンを虜にし、この国の魅力を世界中に発信することにつながった。

 観客動員数や収益で過去最高の数字を記録し、「レコードブレイキングな大会」と称された2015年のイングランド大会に対して、初めて伝統国以外での開催となる日本大会は当初、「グラウンドブレイキング(革新的)な大会」になるといわれていた。いざフタを開けてみれば、結果は「グラウンドブレイキングにしてレコードブレイキングな大会」だった。

 全国12開催地に設置されたファンゾーンの入場者数は、10月26日の準決勝までの時点で計102万4千人となり、過去最多だった2015年大会の約100万人を上回った。チケット販売数は販売可能席の約99.3パーセントとなる184万枚に達し、決勝の観客数70,103人は、横浜国際総合競技場の歴代最多動員数を更新した。国際統括団体であるワールドラグビーのビル・ボーモント会長は閉幕に際し、「2019年日本大会はおそらく過去最高のラグビーワールドカップとして記憶されるだろう」と述べ、「今大会は様々な意味で記録を破り、ラグビーの印象を劇的に変えた」と手放しで称賛するコメントを残している。

 その言葉がリップサービスでないことは、取材者としての体感でもわかる。期間中、記者席で隣になったアルゼンチンのジャーナリストから、「こんなに楽しいワールドカップはなかった」と声をかけられた。同国代表ロス・プーマスは4大会ぶりに決勝トーナメント進出を逃したのに、だ。決勝が行われる週に催された、各国の報道関係者で争われる“メディアマッチ”のアフターマッチファンクションでも、「今まででベストの大会だ」という言葉を何度も聞いた。

 大会組織委員会のある職員は、英国系メディアの記者から「2023年のフランス大会は大変だよ」といわれたそうだ。いわく、「次からはこれ以上のものが求められる」。誇らしいじゃないか。国際ラグビー界ではマイナー国だった日本が、ワールドカップのスタンダードを引き上げたのだ。

 時間が経つに連れて、周囲のラグビー熱は冷めていく。けれど脳裏に深く刻まれた記憶は、少しも色あせない。

 しびれるような激闘の名場面はもちろん、試合を離れたところでも、数々の忘れられない出来事があった大会だった。ウエールズの公開練習が行われたミクニワールドスタジアム北九州で、観客席を埋める1万5千もの人々がウエールズ国歌「ランド・オブ・マイ・ファーザーズ」を歌い選手たちを迎えた光景。興奮に沸く列島に、甚大な被害をもたらした台風。そしてその深刻な影響が残る中で日本対スコットランド戦を実現した、横浜の奇跡。

 個人的にもっとも感銘を受けたチームは、カナダ。台風による試合中止の失意の中、釜石に残り土砂を撤去する作業を手伝うなんて、そうできることではない(南アフリカ戦でレッドカードを受けたジョシュ・ラーセンが試合後、相手ロッカールームを訪れ謝罪したスピーチもよかった)。対戦相手のナミビアの選手たちも、滞在先の宮古で被害を受けた市民を励ますための交流会を開いてくれた。こんなにも素敵なラグビーマンたちが、いつか釜石で、行われるはずだった試合をプレーする日が来ることを願う。

 大会期間中、ジャパンの試合の日にいつも同じシャツで取材している旧知の記者がいた。聞けば、それを着て行ったアイルランド戦で勝利して以降、他のものを着られなくなったのだという。普段はそれほどラグビーに熱心なようには見えなかったのに。白状すれば、ゲンを担いでジャパン戦で同じ服装をしていたのは、自分も一緒だった。

 あまりに楽しかったからだろうか、大会期間中の日々を思い出そうとすると、どこか夢を見ていたような気分になる。そして現実だとわかるたびに、喜びをかみしめている。

予選プール、実力差は歴然だったが死力を尽くしたカナダ。ファンに愛された(撮影:上野弘明)

【筆者プロフィール】直江光信( なおえ・みつのぶ )
1975年生まれ、熊本県出身。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。早大時代はGWラグビークラブ所属。現役時代のポジションはCTB。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。ラグビーを中心にフリーランスの記者として長く活動し、2024年2月からラグビーマガジンの編集長

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