コラム 2018.12.20

【中川文如コラム】 信頼のオフロードパス 神戸製鋼のDNA

【中川文如コラム】 信頼のオフロードパス 神戸製鋼のDNA
決勝戦で攻守に活躍し、オフロードパスも見事だった神戸製鋼の中島イシレリ(撮影:松本かおり)
 当世の言葉で表現するならオフロードパスだ。ただ、そこには7連覇時代の香りが濃く濃く漂っていた。
 日本選手権決勝、前半12分。キックオフ直後からたたみかける神戸製鋼、敵陣22メートルライン付近の攻撃だった。
 左から右に展開し、FL中島イシレリが突進。内から追ってきたサントリーのCTB梶村祐介を、スワーブの動きで振りきろうとして、振りきれなかった。腰に絡みつく梶村に顔と体を向けたまま、真逆の外へ右腕1本で払うようなパス。不格好な山なりの軌道は味方2人、相手2人の頭を越え、大外に走り込んだWTBアンダーソン フレイザーへと届いた。フリーのフィニッシャーがこの試合、早くも2個目のトライ。神戸がより強固に主導権を握った。
 イシレリの視界にアンダーソンが映っていたのかどうかは微妙だ。本人に聞いてみる。見えていたのですか?
 「いや」。独特の、ちょっとたどたどしい日本語で答えが返ってきた。「だけど、相手の動きを見て、外のスペースは空いているなって」。相手2人はイシレリの隣とその隣に釣られていた。「だから、外に放った」
 人ではなく、場所。相手不在のスペースにボールを動かせば、トライへの道筋はより明確になる。パスを送って味方がいないなら、感じなかったヤツが悪い。FW勝負が幅を利かせていた1980年代後半、伝説を紡ぎ始めた神戸が、旗頭だった平尾誠二さんが、持ち込んだ斬新な理論そのままのパスだった。
 「僕らの時代とそっくりでしたね」。試合後、日本ラグビー協会広報部長の藪木宏之さんが言った。小柄でも、わずかな綻びを見逃さず切り裂く神戸のSOだった人だ。「平尾さんは口酸っぱく繰り返していた。パスはどうやって放るかではない。いつ、どこに放るかなんです」
 ひとたび楕円球を手にすれば、軸がぶれない回転をかけ、糸を引くパスを投じたくなるのが選手の常。でも、そうじゃない。奔放なようでいて、一つ一つのプレーに実効性を求める平尾さんらしい考え方だ。どんなに見栄えがきれいでも、横または後ろに動かしつつ前へと進まなければ意味がない。
 昔話をお許しいただきたい。あの瞬間を思い出す。1991年1月8日のことだ。トップリーグの前身、全国社会人大会決勝。神戸製鋼の相手はパナソニックの前身、三洋電機。舞台はイシレリがオフロードパスを投げたのと同じ秩父宮ラグビー場だった。後半ロスタイム、4点を追う神戸、最後の反撃。
 ラックからボールを受けた藪木の選択は、1人飛ばしだった。パスは軌道がよれよれ、しかもワンバウンド。しかしCTB平尾が匠の技で弾み際を拾い、ギャップに食い込む。いまパナソニックのマネジメントを支えるFL飯島均のタックルを受ける寸前、WTBイアン・ウィリアムスにラストパスを通して逆転の3連覇が成立した。
 「あれはひどいパスでした」と苦笑する藪木さん。でも。「隣の(CTB)藤崎さんにものすごい勢いでプレッシャーがかかるのがわかったんです。つなぐなら、その外しかなかった。平尾さんの姿なんて見えなかったけど、誰かが入って来てくれるだろうと。練習で築かれた確信があった」。ボールはスペースへ。アップのタッチフットから徹底されていた。「ひどいパス」でも意図が明確ならおとがめなしだった。あの瞬間、藪木さんが信じた誰か、が平尾さんだった。
 話を戻そう。いま、スペースを突くのはどのチームにとっても常道だ。頂上決戦、焦げるような圧力をかけ合い、互いにハンドリングミスは多かった。サントリーは慌てた。神戸は慌てなかった。
 結果は55−5。空間を意識できているのなら、多少のエラーなんて気にしなくていいんだよ。その共通理解、信頼の差が出た。ボールが地面に弾んでも、神戸は何の気なしに攻撃を継続した。そこに伝統、DNAを感じずにはいられない。
 平尾さん、喜んでいるだろうな。
【筆者プロフィール】
中川文如(なかがわ ふみゆき)
朝日新聞記者。1975年生まれ。スクール☆ウォーズや雪の早明戦に憧れて高校でラグビー部に入ったが、あまりに下手すぎて大学では同好会へ。この7年間でBKすべてのポジションを経験した。朝日新聞入社後は2007年ワールドカップの現地取材などを経て、2018年、ほぼ10年ぶりにラグビー担当に復帰。ツイッター(@nakagawafumi)、ウェブサイト(https://www.asahi.com/sports/rugby/worldcup/)で発信中。好きな選手は元アイルランド代表のCTBブライアン・オドリスコル。間合いで相手を外すプレーがたまらなかった。

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