国内 2018.11.30

兄・聖生に「人は入る」と聞くも堂々 早大の桑山淳生「ジコチュー」に暴れる

兄・聖生に「人は入る」と聞くも堂々 早大の桑山淳生「ジコチュー」に暴れる
慶應戦で突破を図る弟・桑山淳生(撮影:松本かおり)

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帝京戦でハイボールを確保する兄・桑山聖生(撮影:松本かおり)
 兄はブレザー姿でスタンドにいた。弟は背番号13のファーストジャージィを着て、大喜びしていた。
 2018年11月23日、東京・秩父宮ラグビー場。早大が関東大学対抗戦Aの慶大戦を21−14で制した。ともに鹿児島実高出身の桑山聖生、淳生の異なる感情が交錯する。故障やポジション争いなどの関係から、この兄弟が同時出場する機会は限られていた。
 兄の聖生は身長184センチ、体重95キロの4年。小4でラグビーを始め、中学時代は楕円球も追いかけながら陸上競技の110メートルハードル、四種競技、400メートルリレーで全国大会に出場。早大入り後も本職のWTBやFBで起用され、「脚力は競輪選手並み」と驚かれる。
 ところが現体制下で出番が多いのは、弟で3年の淳生。身長183センチ、体重92キロと兄よりやや小柄も、防御時の鋭い飛び出しとランニングスキルを長所にアウトサイドCTBの定位置を獲得。入学間もない頃に右ひざ前十字靭帯を負傷も、国立スポーツ科学センター(JISS)でのリハビリを経て2年時に復帰している。「JISSでやってみていいなと思ったものは、復帰後も続けるようにしています」と、転んでもただでは起きなかった。
「ラグビー自体の理解度も高まったし、二度と怪我をしないと(目標を)掲げた、密な14か月でした。お尻など、一番大きな筋肉を動かすのが大事だと知った。やっているトレーニングは(周囲)と変わらないなかでも、自分でどこの筋肉を使っているのかを特に意識するようになりました」
 部内でのメンバー発表が済んだ頃か。今年が早慶戦初出場だった弟は、過去にこのカードに出場した兄からひとつの助言を受けていた。
「すごく、人は入る」
 その言葉通り、当日は公式で「19,197人」の観衆が集まった。もっとも弟は、「確かに思った以上に(観客が)入っていましたけど、そこに対しての感情は生まれなかったです。すごいとは思いましたけど、だからといって緊張するということはなかった」。勝利を命題に掲げられる強豪クラブにあって、あえて自己中心的という意味での「ジコチュー」の心を軸に据えるのだという。
「僕、ラグビーで緊張したことがなくて。いつも通りやろうと常に思ってやっています。小さい頃からです。基本的にラグビーは遊びの延長で、まず楽しむことが一番。自分、ちょっとジコチューなので、チームがどうこうと思いすぎないで、自分、自分、自分、と思うところがあります」
 大外のスペースで間合いを消そうとする慶大防御の飛び出しを前に、ひるまずコンタクト。この場であおむけにならずに自立するから、周りは次の攻撃までの流れを作りやすい。
 同級生でSOの岸岡智樹が戦前に「飛び出してきた選手との1対1で勝てれば(以後)相手は飛び出しにくくなるし、その1対1で相手を外せばゲインしやすくなる。その1対1で前に出よう、が(岸岡、桑山淳ら)BKのテーマです」と期待した通りのパフォーマンス。当の本人は事もなげだった。
「(慶大が防御ラインを)僕のところで上げてくるのはわかっていたので、僕の外のプレーヤーを動かしたかった。ディフェンスが揃っている時に自分が強いキャリーで前に出る。そこは作戦通りだった」
 がまん比べとなった中盤戦以降は、守りでも光った。
 16−7とリードして迎えた後半15分頃。味方のキックの弾道を敵陣中盤まで追いかける。同22メートル線付近で球を拾った相手CTB、栗原由太を迎え撃つ。
 慶大屈指の突破役でもある栗原はまず、早大WTBの古賀由教にタックルで倒される。すると栗原の持つボールへ、桑山淳が絡む。サポートに入った慶大の3選手に引きはがされそうになるが、その手のひらは楕円の宝物から離れない。
 清水塁レフリーの笛は、慶大のノット・リリース・ザ・ボール(寝たまま球を手放さない反則)を裁いた。
 桑山淳はその場で寝転んで空を見上げ、ガッツポーズを作った。
「栗原君だった。キャリアとして来るかキックを蹴るかを天秤にかけたら、キャリアだろうなと思って、(立ち位置を前方に)上げたという感じ。その結果としてノット・リリースが取れた」
 口では「ジコチュー」と言いながら、チームメイト同士のつながりを強固にするプレーを連発。帰り際にはこう言い残すのだった。
「負けるのは嫌なので、チーム(の一員)としてやるべきことはやるという感じです」
 12月2日、秩父宮で明大戦に挑む。桑山兄弟にとっては、2人揃って対抗戦に出られる最後のチャンスだ。
 実直な4年の兄は「ディフェンスのところが一番(の課題)。1試合くらいは(一緒に)出て引退したいです」と、3年の弟は自らを「ジコチュー」と言っていたものの「そこ(2人で早慶戦に出られなかったこと)は残念でしたけど、まずはチームの勝利を第一に考えました。強みの前に出るアタックをもっとやっていきたいな、って思います」とそれぞれ続ける。白星をつかめば対抗戦優勝も可能とあって、モチベーションは高まるばかりだろう。
(文:向 風見也)

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