コラム 2018.07.19

【谷口 誠コラム】 足技を磨くなら

【谷口 誠コラム】 足技を磨くなら
vsイタリア第2戦(6月16日)、ハイパントを上げる松島幸太郎。日本はまだキックの精度に波がある(撮影:松本かおり)
vsイタリア第2戦(6月16日)、ハイパントを上げる松島幸太郎。日本はまだキックの精度に波がある(撮影:松本かおり)
■オールブラックスの足技はなぜこれだけ巧みなのか。先日、関係者から秘訣の一端について聞いた
 日本代表が快勝したイタリアとのテストマッチ第1戦を見て、思い出した“名言”がある。
 「ボクシングには蹴り技がない。そんな風に考えていた時期が俺にもありました」
 人気の格闘技漫画『バキ』に登場するセリフ。常識に異を唱えるのには理由があって、下から上に拳を突き上げる時には、足で大地を「蹴る」。そのパワーを相手にぶつけるからアッパーカットは事実上の蹴り技、という説明である。
 相手にキックを当てるわけではないから、厳密には蹴り技と言えない。こじつけのようにも聞こえる。ただ、定説に違った角度から光を当てるという点に面白さがある。
 イタリア戦で感じたことを、同様のこじつけで表現すればこうなる。 
「ラグビーには前へのパスがない。そんな風に考えていた時期が俺にもありました」
 この日、日本は12度のハイパントを蹴った。そのうち、ボールを再確保できた回数は3度。取り切れないまでも、空中で味方が競るか、捕球直後の相手にタックルし、有利な状況に持ち込めたケースも他に6度あった。効果的なキックの割合は75%に達した。
 狙い通りの場所にハイパントを上げ、追い掛けた味方がキャッチできるのなら、それは「前へのパス」と同じ意味を持つのでは――。そんな妄想が浮かんだのだった。
 この暴論は、ディフェンスラインの裏を狙うショートパントやグラバーキックのような、いわゆる「コンテストキック」全般にも当てはまる。キックパスというプレーもあるが、こちらは横方向に速くボールを動かすことに主眼が置かれていて、「前へのパス」という表現はふさわしくない気がするが。
 とりとめもないことを想像しながら、さらに思ったことがある。「前へのパス」となるようなキックは、日本人の長所をより生かせるのではないかと。
 ハイパントの飛距離は通常、20〜30メートル。ショートパントや再獲得を狙うゴロパントなら、射程はさらに短い。日本人は筋肉の性質や脚の長さから、長い距離のスピードは不得手(福岡堅樹のような例外もいるが)。しかし、短い距離のランなら、その敏捷性をかえって生かせる可能性がある。
 16年に就任したジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)が日本代表でキックを多く使い始めてから、効果を疑問視する声は消えない。
 理由の1つは、15年ワールドカップの日本がパスを主体に戦って結果を出したからだろう。南アフリカ戦では例外的に22度と多くのキックを使ったが、ほぼ全てが陣地の獲得を狙ったもの。ハイパントはゼロだった。
 この大会の日本はパス10本につきキック1度しか使わなかった。ジョセフHC体制になってからは、平均的にパスを5本つなげば1度は蹴っている。
 当初は慣れぬこともあり、ボールをむざむざ相手に手放すだけのキックも多かった。しかし、着手から1年半を経て、イタリアとの第1戦のように効果的にキックを使える試合は確実に増えてきた。
 蹴るべき時を見極める判断力に、空中戦の技術…。当初は穴が目立ったキック後の追走も、十分ではないとはいえ、板についてきた。正直に言えば、日本のキック戦術は想像した以上の速度で進化していると思う。
 ただ、ワールドカップで日本が戦うアイルランド、スコットランドに対し、有効なキックをどれほど使えるかという点ではまだ不安が残る。試合ごとのキックの精度の波が激しすぎるからである。
 イタリアとのテストマッチ第2戦。日本はハイパントを9度蹴り、ボールを再確保できたのは、相手のノックオンによる1度だけだった。特に後半半ばまでのキックは距離が長すぎて、競り合うことすらできないものがほとんど。相手に多くのチャンスボールを進呈してしまった。
 こちらの試合でも、連想した言葉があった。
「Hail Mary Pass」。和訳すれば、「聖母マリアの降臨を願うパス」とでもなるのか。アメリカンフットボールでゴールラインの奥に選手を集団突撃させ、50メートル級の超ロングパスを投げ込む。成功率は3%程度とされる、いわば神頼みのプレーである。
 もちろん、この日の日本のハイパントの方が遥かに精度は高い。ただ、試合後は選手からもミスキックを敗因の1つに挙げる声が多く出た。身長や腕の長さという空中戦での不利を考えると、日本がハイパントを上げる際は、キックの精度がさらにシビアに問われる。
 理想的なキックの連発だったのが、その1週間前に行われたフランス代表対ニュージーランド代表の第1戦だった。オールブラックスはボーデン・バレット、アーロン・スミスのハーフ団を中心にコンテストキックを11回蹴った。そのうち10回が有効なキックとなり、3回はボールを取り返している。いずれもキックの正確性は抜群だった。
 オールブラックスの足技はなぜこれだけ巧みなのか。先日、ニュージーランドラグビー協会の関係者から秘訣の一端と思われる話を聞いた。
 相手がキックしたボールを足で止める、トラップという技術。日本では系統立てて教えられることはほとんどないが、ニュージーランドでは幼少時から指導しているという。
 その中身も濃い。まず、ボールがあらゆる方向に動くことを考えながら、正面で待つ。ノックオンを避けるため、両手をボールから遠ざける。実際にトラップする場所は足の内側か、すね、太もも、体の前面。ボールが止まってから拾い上げる――。使用頻度の低いトラップにしてこのこだわりだから、キックの指導に対するきめ細かさも想像がつく。
 日本代表がキック戦術の習得速度をさらに速め、ワールドカップで「神頼み」でなく、「前へのパス」を使うことはできるのか。それはこうした細部へのこだわりをさらに突き詰めた先にあるのだろう。
【筆者プロフィール】
谷口 誠(たにぐち・まこと)
日本経済新聞編集局運動部記者。1978年(昭和53年)生まれ。滋賀県出身。膳所高→京大。大学卒業後、日本経済新聞社へ。東京都庁や警察、東日本大震災などの取材を経て現部署。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で社会人修士課程修了。ラグビーワールドカップは2015年大会など2大会を取材。運動部ではラグビー以外に野球、サッカー、バスケットボールなどの現場を知る。高校、大学でラグビーに打ち込む。ポジションはFL。

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