コラム 2017.10.26

【藤島大コラム】 ほとんどジャパン。

【藤島大コラム】 ほとんどジャパン。
リコーでは副将2年目。ゲームキャプテンを務める試合ではレフェリーとのコミュニケーションも担う
(撮影:松本かおり)
 その選手のピークを語るのは難しい。人間は進歩する動物だからだ。そこで、こう書こう。
 武者大輔。もしかしたら旬。武者大輔。ほとんどジャパン。
 今季好調のリコーブラックラムズの絶好調の背番号7である。27歳。177センチ、97キロ。若さと円熟の接点をこれでもかと生き抜く。
 がむしゃらと落ち着きの絶妙のカクテル。一瞬にしてカイロプラクティック1時間コースと同じ効きめのあるタックル(ずれた骨がカチッと入り直す)をぶちかました直後、突貫ボクサーの顔で、有能な公認会計士みたいにレフェリーと会話している。
 記者席や解説席でこの人の攻守を追うたびに胸中でつぶやく。
「胸に桜をつけたっておかしくないじゃないか」
 なんべんでも名前を書くぞ。武者大輔は日本列島のフランカーである。つまり昔のあなた。校庭の土のグラウンドに身を投げ出し、硬い綿のパンツに血の跡を滲ませ、尻の側面を硬く焼き過ぎたステーキとさせた幾千の7番のイメージがそこにある。ふかふかの芝生にモダンな戦法を遂行しながら砂埃が舞うのだ。
 まだ若い。なのに「旬では?」と感じるのは、年齢を重ねるたびに巧さが増すだけでなく、より激しくなっているからだ。2017年、インサイドから押し上げて突き刺さる黒ジャージィのヒットはまず的をそれない。
 小学5年、亘理がぎゅうラグビースクールで楕円球と出合う。そう。「戦に従事する人」という意味の姓を持つリコー社員は、宮城県亘理郡亘理町に育った。6年前。法政大学3年。最終学年のシーズンを目前にした3月11日、仙台駅の近くのビルでいきなり大きな揺れにさらされた。あの午後だ。近隣の中学校で一夜を明かし、自転車を借りて、なんとか亘理町へ。実家の一部は津波に襲われ水没していた。ざっと1カ月、復旧活動に力を尽くす。
 大学では主将に選ばれる。しかし春は指導体制が定まらず、リーダーとして監督の役も担った。まさに厳しい季節だった。3年前、コカ・コーラ戦のあとの取材通路。「いまから思えば貴重な体験でしょうか?」と聞くと静かな口調で答えた。
「いろいろな経験をできて社会勉強のようなものだったかなと」
 もういっぺん。武者大輔。人情でなくスポーツの道理として、ほとんどジャパン。このほどのトップリーグ休止期間の日本代表の連戦には呼ばれなかった。過去にも縁はない。もとより「7」をめぐる競争はどの国でも厳しい。中庸な体格で、ことに俊足ではなく、そのうえで最も優れた者がひしめくからだ。
 
 いつでもマン・オブ・ザ・マッチ級の仕事をまっとうする金正奎(NTTコミュニケーションズ)は外れ、安藤泰洋(トヨタ自動車)や山下昂大(コカ・コーラ)のような「サイズなき実力者」にもチャンスはなかなかやってこない。モダンな攻防システムにおいてはグラウンド上の分業が進み「ひとりの驚異的な奮闘=すべての局面で走りまくり倒し球を奪い球を受ける」を以前ほどは必要としない。海外出身の巨漢も盛んに加わり、ひとつの椅子を数十人の不屈の男で奪い合う様相だ。
 選手選考の正解とは「監督の脳の中」にのみ存在する。そのときリーグで活躍する者ばかりを選ぶと、きっと、負ける。「その試合(セレクションマッチ)を見るな。次の試合(目標の決戦)を見よ」。セレクターの鉄則である。たとえば陣地戦略をきわめて重くとらえればラインアウト要員の長身フランカーが求められる。自分のチームとターゲットとの力関係で選考は変化する。当然だ。
 この春、ジャパンのジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)に「小さなフランカー」について質問すると次の答えが返ってきた。
「トップリーグでベストの日本の選手はしばしば体が小さい。おそらく他者とは異なる切り口でラグビーに取り組んでいるからでしょう。技術をきわめようとして根性もある。もっとも、これが国際試合となると、強豪国には、小さくて根性のある選手と同じだけの技術と心構えを持った大男がいるのです」
 世界の峰の高さだろう。ただし低い声でこれだけは述べたい。
 武者大輔を見よ。もっと伸びる。でも、いま逆さにして一滴も垂れない。たくましき逆説を見よ。

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【筆者プロフィール】
藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。卒業後はスポーツニッポン新聞を経て92年に独立。文筆業のかたわら都立国立高校、早稲田大学ラグビー部のコーチを務めた。2002年『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鐵之祐』(文藝春秋)でミズノスポーツライター賞を受賞。その他の著書に『ラグビー特別便』(スキージャーナル)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『人類のためだ。 ラグビーエッセー選集』(鉄筆)などがある。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。

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