海外 2016.05.06

7日に古巣フォース戦も…。サンウルブズ山田章仁、ふたつの準備を淡々と。

7日に古巣フォース戦も…。サンウルブズ山田章仁、ふたつの準備を淡々と。
フォース戦前日のキャプテンズラン後、メディア対応する山田章仁(撮影:松本かおり)
 南アフリカ遠征中だった4月8日、サンウルブズの山田章仁は「モモ裏」を故障した。ストマーズに19−46で敗れたこの日の時点では、復帰までにそれほど時間はかからないと見ていた。もっとも、帰国後に検査をすれば「大事をとって」の思いがよぎった。
 4月23日に東京・秩父宮ラグビー場でおこなったジャガーズ戦は、スタンドで観戦した。36−28。国際リーグのスーパーラグビーに初参戦した日本チームの歴史的な白星には、直接的には関われなかった。悔しさはなかったか。いや、本人はこう言い切る。
「いやぁ、怪我はタイミングなので(この時期に故障していてもさほど気にする必要はない、との意味か)。いつもは逆転されているところを粘って、本当にいい勝利でした」
 5月7日、秩父宮。ジャガーズ戦から1週間の休みを挟んで、フォースとの第11節に臨む。山田は3日から、都内での練習に復帰。定位置の先発WTBの座へ3試合ぶりに復帰する。
 ここまで6試合に出場して5トライを挙げた、身長182センチ、体重88キロの30歳。マーク・ハメット ヘッドコーチ(HC)からも「フィニッシャーとして素晴らしい。もっともっとゲームに参加するのが彼にとってのチャレンジですが、そこにも意欲的に取り組んでいることを私は知っています」と信頼されている。ラックサイドで、タッチライン際で。縦横無尽に駆け回り、ランニングスキルの豊穣さを示したい。
 昨季、フォースに在籍していた。毎週、首脳陣に「どうすればチャンスが得られるか」と問いかけても、ずっと控えチームに閉じ込められた。それだけに今季は2月の開幕前こそ、「(見返したい気持ちは)余裕であります」とリベンジに燃えていた。
 ところが春になれば、「そんな、特別な感情はないです。周りのこと、気にならなくなっています」。心境の変化を聞かれても「何ででしょう」と首を傾げるが、複層的な背景のひとつにサンウルブズへの愛着があろう。
「…かもしれないですね。いまはここでしかやっていないから、いまのメンバーとの時間を大切にしたいですね」
 2012年冬、当時は就任直前だった日本代表のエディー・ジョーンズ前HCに「いつまで休んでいる!」と激怒された。以後、中長期的な人生設計に拘泥するよりも「目の前の1試合、1試合を全力で」とマインドチェンジしている。結果、2015年のワールドカップイングランド大会で2試合に出場。それだけに、「いま…」という言葉を繰り返す。
 2016年ばかりは、別な項目も視野に入れる。
 夏にはオリンピックリオデジャネイロ大会があり、正式種目に採用される男子7人制ラグビーに挑戦予定。セブンズ日本代表が本格的なメンバー選考に入るのはまだ先だろうが、瀬川智広ヘッドコーチは感性の鋭い山田をジョーカーとして期待する。
 アスリートの枠を超えた自己実現を目指す山田も、「今年の大きなターゲットはオリンピックです」。サンウルブズの全体練習が終われば、別個のメニューに取り組む。トップスピードでのロングランの回数が多い7人制に必要な、「リピーテッドスピード(加速の連続性)」の強化メニューに取り組んでいる。スーパーラグビーの休息期間に入る直前の5月末を境に、セブンズに専念するだろう。
「怪我もあるんで、徐々に様子を見ながら。できることをやっていきたいです」
 先を見据え、いまを全力で戦う。矛盾していそうに映るが、この人のなかでは筋の通った理屈である。慶大時代は「チームに貢献するために個人の力をつける」と単身でオーストラリアへ留学。ジョーンズHCの恐怖を知った2012年は、アメリカンフットボールとの二刀流にも挑んだ。「二つのことを同時にやるのは経験している」と、何度も言っている。
「フォースは勢いに乗るとすごくいいチームなので、勢いに乗せたくないという思いがあります。しっかりと分析して戦術を練ってくるチームなので、まず、リズムを断ちたい」
 フォース戦を間近に控え、昨季までの仲間たちをこう分析した。
「FLマット・ホジソン主将はワークレートが高い。皆、能力が高いんで、しっかりいいプレーをしたい。僕も去年も経験しましたけど、シーズンを通してメンバー外という選手もいて、あの4月23日の勝利があった。皆、サポートし合えているかなと思います。この勢いに乗って、個人としてもチームとしてもいいプレーがしたいですね」
 試合前日の6日、日本代表の同僚であるチームメイトの大野均が誕生日を迎えた。報道陣に囲まれた山田も、38歳となったLOのことを聞かれる。
「皆を引っ張ってもらっている。早く追いつけるように、僕も頑張りたい。均さんの尊敬できるところは、僕らに年齢を感じさせず、ただただ選手として尊敬できるところかなって」
 大野が日本代表キャップ(国際間の真剣勝負への出場の証)数の最多記録を更新する時期、試合時の行きのバスで必ず「キンさん」の隣に座った。「いい運気をいただこうかと…」。自ら動く。学生時代には「60歳までプレーしたい」と語ったことがあるが、それはいまを生きる延長線上で起こることだ。
(文:向 風見也)

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