コラム 2015.10.08

アマとプロとジャパン  藤島 大(スポーツライター)

アマとプロとジャパン
 藤島 大(スポーツライター)

 外国為替のブローカーがオールブラックスの持ち込んだボールをターンオーバーした。おとぎ話とは書くまい。でも、どこか心地よい幻を見るようだった。
 ナミビア代表の7番、ティナス・デュプレシー。かつてイングランドでプロ生活を送れた期間もあるが、いまはアマチュアである。鼻を折り、ファイター型のボクサーのごとく顔面を凸凹に腫らし、自分の首や背中の骨をみりみりと痛みつけながら、プロの中のプロ、ニュージーランドの黒いラックの沼に頭を差し入れた。素敵だ。
 同国プロップのヤコ・エンゲルスは、首都ウィントフックの学校のコーチ兼任コンサルタント。背番号15のヨハン・トロンプは、アウトドア用自転車のセールスマン、2年前、地域的に「この10年間で白人は3人」のクラブ、ウェスタン・サバーブズに加入、主力として活躍した。「素晴らしいクラブで、仕事に向かう際のガソリン代を補助してくれた。それこそは私にとって最も重要なことだった」(ナミビアン紙)。ロックのピータス・ファンリルは、いまはフランスのバイヨンヌのプロ選手であり、本来は歯科医だ。リザーブにも、工学部の学生、研修教員、ビール工場の品質管理マネジャー、保険業務が並んだ。控えには、農業、ダイヤモンド採掘会社のエンジニアなどもいる。
 そんなひとり、プロップのヤニー・レデリンハイスは、建設現場の責任者、連日、340?のドライブを続けて、代表トレーニングに参加した。シリンダー会社勤務、ダリル・デラハルペは、朝4時に起床、せっせと練習に通った。

 アメリカ代表イーグルスもプロアマの混合の編成である。フッカーのフィル・ティールは『ソマックス』という「小さいけれども本当によいソフトウェア会社」に勤務していた。ラグビー活動への理解もあった。しかし「去年、代表の試合などで4カ月近くも出社できなかった。いささか長すぎた。もうそこにはいられなかった」(ガーディアン紙)。高校時代はレスリング選手であった本人は、一線のラグビーを楽しむために多くの職を経験してきた。「コンサルティング、建築現場、塗装業、便利屋、個人トレーナー、ドアマン。いっぽうでラグビーをプレーするためには、お金を払ってきたんだ」(同)。現在は、アトランタの「ライフ」でプレーする。ここはカイロプラクティックで名をはせ、長らくアメリカのラグビーを支えてきたライフ大学の関連クラブだ。

 アマチュア選手の奮闘には、どうしても力が入る。もちろん当事者は、かなうならばプロとしての厚遇に授かりたいかもしれない。でも「金銭と無縁、ただ好きだからそうする」という生き方も悪くない。
 そして現在進行中のワールドカップこそは、プロもアマと化す場である。スプリングボクス戦のジャパンの選手に「報酬」について小指の先ほども考えた者など皆無と断言できる。サモア戦のトンプソンルーク(ルーク・トンプソン)の「オールアウト=逆さにして一滴の余力も垂れず」は、預金通帳や契約書とはいちばん離れたところに存在した。もし日本ラグビー殿堂があるなら「サモアを打ち砕いたトンプソン」の名はすぐに刻まれただろう。敗退の危機にさらされたイングランドのクリス・ロブショー主将の脳裏には一片のポンド札すらなかったはずだ。

 ここから先は、思考の途中なので、触れるにとどまるが、たとえば「ジャパン、スプリングボクスを破る」、そうでなくとも、いわゆる発展途上国の強豪とのスコア接近の背景に、プロ化の定着が横たわる気がする。イングランドやフランス、またスーパーラグビーの各クラブの選手拘束は、プロらしくビジネスの厳しさを増す。経済の則で選手は富める国のリーグへとどんどん移る。サッカーですでに発生した「一流クラブのほうがプレーそのもののレベルは国代表よりも高い」現象の始まりである。
 他方、自国の選手の流動が少なく、リーグによる選手拘束も比較すれば緩やかで、なお財政において強化の環境を整えられる国の代表(ジャパン)は、クラブよりもナショナルチームのほうが高いレベルを保てる。と、ここまで書いて、あくまでも仮説だ。本当にそうなのかは大会終了後に調べてみたい。ひとまず自転車セールスマンのタックルとガソリン代を支払った太っ腹クラブに乾杯!

【筆者プロフィール】
藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『人類のためだ。ラグビーエッセー選集』(鉄筆)、『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『ラグビー特別便 1986〜1996』(スキージャーナル)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。

(写真:RWC2015で健闘したナミビア代表。写真中央がティナス・デュプレシー/Getty Images)

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