コラム 2015.09.17

ワールドカップは甘くない  直江光信(スポーツライター)

ワールドカップは甘くない
 直江光信(スポーツライター)

 今回のワールドカップで、ジャパンは勝てるのか。各国の代表が続々と現地入りし、いよいよ開幕が目前に迫ったいま、頭に浮かぶのはそのことばかりだ。

 いまのジャパンは強い。まちがいなく強くなった。タイトな展開にも焦れることなく逆転勝ちできた先のジョージア戦はもちろん、1勝3敗に終わったパシフィック・ネーションズカップ、20-45で敗れた世界選抜戦でさえも、そのことは十分実感できた。徹底したフィジカル強化とタックルスキルの向上で、ディフェンス時にインサイドブレイクされることが劇的に減った。セットプレーが安定しているから、敵陣でチャンスを得た時に自信を持って準備したプレーを仕掛けることもできる。いずれも、ひと昔前のジャパンでは難しかったことだ。

 それでも「勝つ」と言い切れないのは、期待しては惨敗するという歴史を繰り返してきた過去のワールドカップの苦い経験があるからだろう。いわゆるトラウマだ。ワールドカップは甘くない。そんな刷り込みが、心の深いところでブレーキをかける。

 個人的に今回のワールドカップほどジャパンの勝敗予想が困難な大会はなかったと思う。ジャパンは強い。でもワールドカップは甘くない。その堂々巡り。一方で裏を返せばそれは、ほぼホームに近いスコットランドや、ワールドカップになれば人が変わったように真価を発揮するサモア相手にも、十分勝ち負けを意識できるようになった、ということでもある。もしそこまでの足取りがよれていたら、「厳しい」のひと言で片づけられていた。

 ひとつだけ確かなのは、今回のチームほど、明確な方針の下で綿密に準備を重ねてワールドカップに臨むジャパンはなかったということだ。いまのジャパンは、世界各国で強豪チームを率いてきたエディー・ジョーンズ ヘッドコーチが、「世界中を探してもいまのジャパンほどハードワークしてきたチームはない」と言い切るトレーニングを重ねてきた。その事実は何があっても揺るがない。そして何であれ「この部分はどこにも負けない」というものを持っているチームは強い。修練はチームの骨や肉となり、目に見える部分のみならず表に現れない部分でも、明白に成果を感じられるようになっている。

 今年6月、宮崎合宿中の日本代表の取材でFB五郎丸歩に話を聞いた。ジャパンが誇る最後の砦は、「こんな練習、忍耐力のある日本人じゃなきゃできないですよ」と笑わせてから言った。

「日本人は、体が小さい、フィジカルが弱いと言われ続ける中で育ってきて、自分たちが弱いと思い込んでいる部分がありますよね。ラグビーという過酷な競技で勝つことができれば、そこが変わると思う。そういう意味でも結果を出して、日本のラグビー界とスポーツ界を変える大会にしたい。その手応えは、あります」

 強がりでも開き直りでもなく、積み重ねてきた鍛錬が語らせる静かな自信。本当の自信とは、長い道のりの中で多くの試練をくぐり抜けた者だけがつかめる。9月19日の初戦、国際ラグビー界の巨人、南アフリカの猛者たちにキックオフで体をガツンとぶつけて、「やっぱりいける」と感じられれば、その自信はいよいよ本物になるだろう。

 繰り返すが、ワールドカップは甘くない。そしていまのジャパンは強い。南アフリカ、スコットランド、サモア、アメリカは、きっとワールドカップを戦うことの厳しさをあらためて示す。そしてその上でジャパンが決勝トーナメント進出を果たしたとして、それは決して幸運や偶然ではなく、必然の結果だといまなら言い切れる。それだけのステップを、今回のチームは重ねてきた。

 信じている、というとどこか神頼みのような気がして、今回のジャパンにはふさわしくないように感じる。とにかくいまは、積み上げてきたものを迷いなく発揮してほしい。それさえできれば、世界は必ずジャパンに驚嘆する。

【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。

(写真:W杯前、ジョージア代表を倒した日本代表/撮影:AKIO HAYAKAWA)

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