コラム 2015.03.03

ラグビーの興味者を増やす。大人のウォーキング・タグ。

ラグビーの興味者を増やす。大人のウォーキング・タグ。

 子どもたちのタメのもの、って誰が決めたんだ。
 柔軟な発想が原点だった。大人だって楕円球にさわりたいし、笑いたい。そんなふうに考えて思いついたのが『大人のウォーキングタグラグビー』なのである。
 誰でも気軽にスポーツを楽しめる場を提供したい。特定非営利活動法人『スポコレ』の掲げるコンセプトだ。ウォーキングタグラグビーは、そのスポコレの看板。ビジネスマンやOL、若い男女に落ち着いた紳士、淑女。大人たちが平日夜、都内のあちこちに集まり、汗を流す。子どもたちのタグラグビーと違うのは、最高で早歩きというスピード感と運動後のノドの潤し方。みんなで飲むビールがうまい。

 スポコレの代表理事であり、運営スタッフの中心となっているのが「ヤディー」こと八所和己(やところ・かずみ)さんだ。2010年の3月から活動を始めた。
「例えばサラリーマンがジムに通ったり、ランニングを毎日やろうと思えば忍耐力もいれば、それなりの費用や時間もかかるでしょう。でも、それがみんなとなら楽しくやれるじゃないですか(笑)」
 学生時代にラグビー部だった人ならわかるでしょ。楕円球を追いたくても、機会も場所も、仲間を揃えるのもそう簡単ではないことを。
 だから知恵をしぼった。
 ウォーキングタグラグビーを考えたり、スポコレを開催した動機は「自分たちがやりたかったから(笑)」と明快だ。強豪チームでなくクラブラグビー育ちのヤディーだから、草の根ラグビーマンの頭の中やマインドがよくわかる。

 週1回、平日の夜に都内に場所を確保し、スポーツに興じる場を提供する(無料の会員登録をすれば毎回の参加費は500円〜1000円がほとんど)。
 歩いておこなうウォーキングタグラグビー、南半球の女子に大人気のネットボール、オリジナル競技『スコアーズ』(自転車のギア状のフリスビーのようなものを投げて競う)がスポコレの主力スポーツだ。他にもカバディやハンドボール、コーフボール(オランダ発)などなど。「誰でも」「気軽」「楽しい」の理念に沿って、自分たち仕様のルールで各競技に取り組む。小学校でタグ教室を開くこともある。

 ウォーキングタグラグビーでは男女混成チームを組むのが基本だ。ルールは一般的なタグと同じ。ただ、走ってはいけない。
「ラグビーをやっていた人とやっていなかった人。男性と女性。そして年齢を重ねた人と若い人。みんなが楽しく、競い合うにはどうしたらいいか。そう考えたとき、走ってはダメと決めたらいいかな、と」
「ぶつからない」というもともとのルールに加え「走る」要素を削れば、経験の有無も、運動神経も、体格差や性別による違いが最大限なくなる。そして、そういう中で相手を上回りたいなら、コミュニケーションをより高めることか。運営側が各自にシールを渡すのは、そこが大事と知らせるためだ。各自がそれぞれの愛称をそこに記入し、名札代わりに体に貼る。
 互いに名前を呼び合わないと始まらない。呼べば距離感がグッと縮まる。やがてパスがつながる。得点が重なる。いい汗をかく。ビールがうまい。友情は続く。また、みんな集まる。

 よく考えられた『大人のタグラグビー』。しかし、最初からうまくいったわけではない。なかなか競技のおもしろさを初心者に理解してもらえなかった。ヤディーをはじめ運営側が、ついついラグビーを教えてしまっていたからだ。「パスはこうやって」とか「そうじゃないなー」とか。
「初めて来て、こむずかしいこと言われたら、そりゃあ楽しめませんよね」
 だから方針を変えた。楕円球を使ったエクササイズと思ってもらうように仕向けて、まず自由にやってもらう。隣には経験者がついて声をかけてあげ、ゲームになったら意図的にパスを渡す。そして皆でホメる。何度でもホメる。そうしているうちに当然、笑顔になった。
 試合の日や一日の活動の最後には、いろんな賞を、多くの参加者に与える。走らない。コンタクトしない。全員トライ。それらを守り切ったチームには追加得点を与える特別ルールなども作って、うまい、強いだけでは勝負が決まらないような工夫もした。
「そうやっていくうちに、みんなウォーキングタグラグビーを好きになって、やがてラグビーにも興味を持ってくれるんです」

 ウォーキングタグラグビーの活動から始まって、みんなでトップリーグを観戦に行くイベントを実施したこともある。ラグビー経験者がとなりに座り、プレーの解説をしたり、一緒に大声を張り上げたり。2019年の日本開催ワールドカップへ向けて、平日夜の小さなコミュニティーが放つ熱も成功の一助になれたらラグビーマンとして嬉しい。
「僕らの活動は競技者を育てるわけではないんです。増やしたいのはラグビーの興味者」
 自分自身がラグビーにはまってしまう人もいる。子どもたちに「タグっておもしろいよ」と伝えてくれる人もいれば、新たな仲間を連れて来てくれる人も。そんな小川のような流れは大河になることはないけれど、市井の人々の中に入り込み、生活を潤してくれる。

「多くの人に、職場、家庭だけでなく、第三のコミュニティーがあればいいな、と思うんですよね。ウォーキングタグラグビー、スポコレが、そういう場になったらいいな、と。普段の生活の中で、大声で叫んだり、笑ったり、転がったりすることって、なかなかないじゃないですか。そういうことだってやれるし、なんのわだかまりもない人だからこそ話せることだってあるかもしれない。社会の中のストレスを取り除いてあげられたらいいですね。あ、そうそう、今度、スポコレで知り合った人同士が結婚することになったんですよ(笑)」
 ヤディーは優しい。楽しいことが大好きだ。

tag2

ヤディーこと八所和己さん(45歳)。広告代理店の代表取締役も庶民派

PICK UP