コラム 2014.09.25

夢を描く力  直江光信(スポーツライター)

夢を描く力
 直江光信(スポーツライター)

 10年前、2004−’05年シーズンのトップリーグを思い起こしてみる。リーグ戦はいまより4チーム少ない12チームで争われ、東芝府中ブレイブルーパス(現東芝ブレイブルーパス)が優勝。マイクロソフトカップの名称でおこなわれていた上位8強によるプレーオフトーナメントも制して2冠を達成した。リーグ戦のMVPは130キロ近い巨体を武器に問答無用の突進でトライ王となったルアタンギ・バツベイ、マイクロソフトカップ決勝リポートを掲載するラグビーマガジン2005年4月号の表紙はスコット・マクラウド(ともに東芝府中)だった。ちなみに日本選手権では、’03年のワールドカップオーストラリア大会に南アフリカ代表として出場したヤコ・ファンデルヴェストハイゼンを擁するNECグリーンロケッツが優勝を遂げている。

 外国人選手の出場枠は現在と同じ2人。しかし帰化選手は少なく、アジア枠もなかったから、チームにおける存在感はいまよりずっと大きかった気がする。ニュージーランドやオーストラリアの代表クラスなら、キャップ数は少なくてもグラウンドに立つだけで空気が変わるような感があった。

 10年後のいま、トップリーグのみならず下部リーグに至るまで、一流の外国人選手は在籍している。世界の顔というべきビッグネームも少なくない。ただ、こと存在感という点に関しては、日本人選手との相対的な距離は以前より縮まっているように思う。強豪国で数十キャップを保持するような選手でも、気の抜けた状態なら試合中にその存在を確認するのは難しい。もちろん、圧倒的な格の違いに驚嘆することもまだまだあるけれど(ジャック・フーリーやベリック・バーンズ、そしてスカルク・バーガー!)。

 率直な感想として、これはリーグ全体のレベルが上がった証だと思う。ほぼすべてのチームにニュージーランドやオーストラリアの代表クラスの選手が複数いるという環境でゲームを重ねることで、そのレベルのプレッシャー下でプレーするのがいまや当たり前になった。選手の大型化、高速化が進む中、テクニックやコンビネーションの進歩は目を見張るほどだ。相手外国人選手が大物になればなるほど、「やってやろうじゃないか」と燃える選手が多くなってきたのも心強い。

 先日、南半球の最高峰クラブリーグ・スーパーラグビー(SR)に、日本が2016年から参入することが濃厚になったというニュースが報じられた。SRは’16年シーズンにチーム数を現在の15から18へと増やすことが決まっており、日本は最後の1枠をシンガポールと争っていたが、日本が参入し主催ゲームをシンガポールで数試合おこなうことで、合意に至った模様だという。

 正式な発表ではないから、まだ参入が決まったわけではない。それでも一報に接して、鼓動が高まるのを感じた。ついに日本が、SRに参加できるかもしれないのだ。

 以下、現時点では時期尚早であることを承知の上での私見。トップリーグがそうであったように、そしておそらくはそれと比べものにならないくらいに、SR参戦は日本ラグビーの水準を大きく引き上げるはずだ。世界のトップ3か国の一流選手たちと日常的にプレーできることの価値は、計り知れない。またたく間にグラウンドの端から端までボールが移動するスピーディーなアタック、大木を根本から引っこ抜くような激しいコンタクトを目の当たりにすれば、観戦者のラグビー観も変わるだろう。

 Custom makes all things easy、習うより慣れよは、世界に共通する真理である。最初のうちはレベルの違いに苦しむこともあるだろうが、常日頃からその中で戦っていれば、次第にそれがスタンダードになる。象徴は日本人で初のSRプレーヤーとなった田中史朗や堀江翔太だ。彼らにとってニュージーランドやオーストラリアは、いまや憧れの舞台ではなく日常のフィールドになっている。だから国内における傑出を、そのままジャパンでの国際試合でも傑出にできる。

 もちろん乗り越えなければならない壁は大きい。加入するのは南アフリカ・カンファレンスで、長距離移動が頻繁になる。また新フォーマットのSRの開幕は’16年の3月で17週間に渡る長期戦のため、日本ラグビーのカレンダーも変えなければならないだろう。ほとんどの選手は企業クラブに所属しているから、SR期間中のサラリーや拘束日数など条件面の整備も必要だ。財政的に収支のバランスを保てるかについても、懸念は残る。

 ただ、あれこれと不安要素を並べてためらってばかりでは、いつまで経っても前進はしない。日本ラグビーがこの先世界との距離を縮めていく上で、今回のSR参入は千載一遇のチャンスだ。参入が決まったとして、どのようなチーム編成で臨むかは決まっていないが、日本代表の強化に結びつくメンバー構成になるのは間違いないだろう。一方で、国代表の枠にとらわれない協会直轄の「スーパークラブ」として考えれば、これまでになかったアイデアも思い浮かぶ。

 たとえば日本代表になれない外国人選手。対戦チームのレベルに近づこうとすれば、初期の段階で世界トップクラスの外国人選手を加えることは必須だろう。将来的にその選手が日本代表でプレーすることはないし、そのぶん日本人選手の枠も減るが、国際的なスターが日本のジャージーをまとい、日本人選手とともに最高峰のリーグを戦うインパクトは大きい。彼らのラグビーに対する取り組みに間近で接することも、日本人選手にとって計り知れない財産になるはずだ。

 折しも’16年は、’15年のワールドカップイングランド大会が終わった翌年。それまでは自国の代表に選ばれるために国内チームにとどまっていた大物が、プレーの場を海外へと移しやすい状況がある。もしリッチー・マコウがキャプテンとして日本初のスーパークラブを率い、ダン・カーターが田村優や立川理道と10番、12番を組むようになったら…そんなチーム、見てみたいと思いませんか? そうやってスタジアムがファンで埋まれば、大きく話題として取り上げられ、ラグビー人気も高まる。きっとサポートに名乗り出る企業も増えるだろう。

 大切なのは素敵なゴール(夢)を描く力であり、それを信じて、やり切る覚悟である。ラグビーのチームづくりと同じだ。

【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。

〔写真:スーパーラグビーの舞台に立った日本代表選手。左からマレ・サウ、田中史朗、堀江翔太〕
(撮影:http://www.photosport.co.nz/)

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