勝てば伸びる。 藤島 大(スポーツライター)
時間には勝てない。世界中のコーチはカレンダーを愛し、憎む。春先から高い目標を定め、ひたひたと力の差を縮め、いよいよ真冬の決戦に無念の惜敗、ああ、あと20時間練習できていたら、そう痛感する瞬間がコーチ時代の筆者にあった。同じ経験を持つ指導者はたくさんおられると思う。
先日、東京・江戸川区陸上競技場で、また、永遠の主題は浮かんだ。U20日本代表の強化試合。来日中のNZU(ニュージーランド大学クラブ選抜)に敗れて、沢木敬介ヘッドコーチは言った。
「ラグビー選手として全員を伸ばしながらチームを強化していく。もちろん勝たなくてはいけないのですが、将来を見すえながら強化する。ただ練習して試合というパターンではなく、調整を一切せず、しっかりトレーニング、ウェイトもしてきました。強化に近道はない。ベーシックなファンダメンタルをどれだけ上げられるか。小細工から入るのは大嫌い。王道の王道、ラグビーをするためのファンダメンタルを鍛えたい」
異議ナシ! と発声したいところだが、いっぽうで、現実の勝負はすぐそこに迫る。5月28日からチリで開催される「IRBジュニアワールドラグビートロフィー」における目標は、はっきりと優勝である。眼前の白星もまた絶対に求められる。
ラグビー選手として伸びてほしい。この場合の「ラグビー選手」とは、体力があって、当たる、姿勢を保つ、走り続ける、倒し続ける、そんな普遍的な存在だろう。まさに異議の少ないところだ。他方、すぐそこの試合、大会にあくまでも勝機をさぐるのもコーチ、ことに代表指導者の職責である。ここに「ラグビーの基本とは何か」というテーマが浮上する。
沢木ヘッドコーチは、昨年度までサントリーの指導陣の一員として、まさにそのことを実践してきた。現在の日本ラグビーの先導役、サンゴリアスの攻撃スタイルは、シェイプと呼ばれる複層的ポジショニングがつい注目されるが、なんといっても選手、ことにFW陣のどこまでも勤勉であろうとする心、それを支える圧倒的な体力、意識の高さこそが核だ。そしてそれは、まず最初に「サントリーはこのように戦う」という明確なスタイルがあって、その実践にふさわしい個の力を培うことにより身体化された。つまり実は「戦術ありき」なのである。
漠然と「素晴らしいラグビー選手になる」ためではなく「このサントリーのチームのこのスタイルを貫く」ために鍛えられ、また自己を鍛えもした。だから「このU20日本代表」も明確で具体的な「このスタイル」を掲げて、そのための基本を磨かなくてはならない。ここでは時間との戦いがのしかかってくる。
「これから戦術、ラグビーのフォーメーションのトレーニングも入れていきます」(同)。大会はすぐそこなので、時間との折り合いをつけるには、輪郭の濃い攻防イメージを提示しなくてはならないだろう。日本に生まれ育った選手、日本人は、くっきりと旗が掲げられた時に(のみ)力を発揮する。
策を弄してばかりは間違いだ。しかしそこにある勝負にくらいついて、スリムなチャンスもあきらめぬ姿勢から学ぶこともたくさんある。勝つ経験もまた「ファンダメンタル」であるとは、まさにサントリーや帝京大学が実証している。
今回のU20日本代表は、やや苦しい世代との声もあったが、NZU戦を見ると、ひとりひとりの個性と能力に問題はない。それぞれ魅力に富んでいる。山沢拓也(筑波大学)という軸があるのも頼もしい。セットプレーを整え、抜かれたあとの防御を仕込めば、年齢層が上のこの午後の相手とももっと戦えた。チリではその瞬間の勝負に打って出るべきだ。歓喜という感激こそは将来の成長の礎なのである。
(文・藤島 大)
【筆者プロフィール】
藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)、『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『ラグビー特別便 1986〜1996』(スキージャーナル)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。
(写真:NZU戦でのU20日本代表候補たち/撮影:井田新輔)