「ラグビー熱狂地帯での一週間」 直江光信(スポーツライター)
3月下旬、高校日本代表の海外遠征の取材でウエールズに滞在した。世界でも屈指のラグビー熱狂地帯として知られる同地で過ごした1週間は、この競技の持つ奥深いパワーをあらためて実感する日々となった。
取材に訪れた高校のラグビー部の先輩であるテレビ番組ディレクターと私の2人を、高校ジャパンは実に温かく迎えてくれた。選手はみな疲れも見せず誠実に受け答えしてくれたし、スタッフの方々にも何から何まで親切に対応していただいた。最終戦の会場となったクロス・キーズは交通のアクセスが悪く、チームバスに同乗までさせてもらった。
ホテルではわずかな時間を見つけてはそこここでミーティングの場が設けられ、夜には備えつけのバーでアルコールをまじえての熱気あふれる「懇親会」も行われた。長いツアーでクタクタのはずなのにほとんどのスタッフが毎夜顔を揃え、意見をぶつけ合った。その真摯な姿勢に、国を代表して戦うことの重みはにじんだ。
滞在中はこんな幸運もあった。マグナース・リーグで地元カーディフ・ブルーズと対戦するアイルランドの強豪マンスターが高校ジャパンと同宿になり、いたるところで世界的名手に遭遇したのだ。
ダグ・ハウレット、ピーター・ストリンガー、サム・トゥイトゥポウ…。夜、チームルームで取材をしていると、すぐ横のロビーでポール・オコネル(アイルランド代表75キャップ/全英ライオンズ主将)とローナン・オガーラ(同108キャップ/通算1006得点)がスタッフとなにやら打ち合わせを始めた。終了の頃合いを見計らって高校ジャパンの選手との写真撮影をお願いすると、「My Pleasure」と快諾してくれた。我々の質問にも丁寧に答えもらい、逆に東日本大震災への心配と励ましの言葉までいただいた。やはり世界のトッププレーヤーは違う。つくづくそんなことを思った。
現地在住の日本人の方々の手厚い支援にも敬服した。試合当日はたくさんのおにぎりがホテルへ届けられ、会場にも多くの方が駆けつけてヤング・ジャパンへ声援を送った。わけてもガイド兼通訳を務めていただいた杉浦さんの献身的なサポートは忘れられない。
35年前、「1ポンド=1200円の時代」(本人談)に、日系企業の工場設立と同時にカーディフに移り住んだ。ガレス・エドワーズ、フィル・ベネット、J.P.R・ウィリアムズ…。伝説的レッドドラゴンたちが活躍した時代、自身にラグビー経験はないのにラグビーにのめり込んだ。現在は地元ブルーズのシーズンチケットホルダー。ウェブサイトでの募集告知を見て今回のボランティアに応募した。あの明朗快活なキャラクター、満面の笑顔にどれだけいやされたことか。あらためて感謝します。ありがとうございました。
帰国前日に滞在したロンドンでは、現地の邦人ラグビーチーム、ロンドン・ジャパニーズの方々と席をともにする機会にも恵まれた。桐蔭学園や慶應大学のラグビー部OBにまじって、女子ラグビー日本代表の加藤慶子さんの顔もあった。より高いレベルでのプレー機会を求めて現在留学しながらリッチモンド・クラブで活動する加藤さんは、8月に帰国した後は大学に戻り、ラグビーと仕事の両立を目指していくという。
「いまの日本の女子は、ラグビーのために仕事を犠牲にするか、仕事のためにラグビーをやめるかのどちらかしかない。仕事とラグビーを両立する道を作りたいんです」
その日のゲームでぶつけたという目を青く腫らし、笑顔で語る様がなんだかとても頼もしかった。
今回の我々の取材を様々な面からコーディネートしてくれたロンドン在住の女性デザイナーは、最後の仕事を終えて帰りの電車の中でふとこうつぶやいた。
「ラグビーって不思議なスポーツですね。みんなすごく熱いし、ラグビーというだけで、すぐ仲間にしてくれる」
そう。すべてはラグビーがつないでくれた絆なのだ。そしてラグビーがあったから、人と人との距離はまたたく間に縮まった。
イギリス入国時、かの無愛想で有名なヒースロー空港の入国審査官(ちなみに女性)にカーディフ滞在の目的を聞かれ、
「ジャパニーズ・ハイスクールチームのラグビーの試合を観戦しに」
と言うと、高圧的な態度が瞬時に笑顔に変わった。
「私の母もカーディフの出身なの。ゲーム、楽しんできて」
あれもきっとラグビーの力だと思う。
スポーツライター
直江 光信