国内 2023.01.31

断崖絶壁。王者は何を思ったか? ワイルドナイツがイーグルスに2点差で無敗守る。

[ 向 風見也 ]
断崖絶壁。王者は何を思ったか? ワイルドナイツがイーグルスに2点差で無敗守る。
イーグルス戦で味方にパスを放るワイルドナイツの堀江翔太(撮影:松本かおり)


 弘法も筆の誤り。

 ラグビー日本代表として3度のワールドカップに出て、オーストラリアでのプロ生活も経験し、37歳となったいまも独自の鍛錬で身体能力を高めている堀江翔太は、1月28日、埼玉・熊谷ラグビー場で珍しく、失敗した。

 リーグワン1部・第6節の後半34分だ。

 埼玉パナソニックワイルドナイツのHOで出ていた堀江は、自陣22メートル線付近に立った。対する横浜キヤノンイーグルスのNO8、シオネ・ハラシリと向き合った。

 23歳のハラシリは強靭さが売りだ。そのまま堀江のタックルを弾き、ゴールエリアにダイブした。イーグルスは逆転し、直後のゴールも決めた。ワイルドナイツ側から見てスコアは14-19。

 堀江にとっては、若者の力走を許して勝ち越された格好だ。興味深いのは、ここでの本人の反省点が、目に見えづらいものだったことだ。

 あの時の堀江は、ハラシリのほぼ真正面に立っていた。

 片側に立っていればどちらの肩でタックルするかを簡単に決められたが、ここでは少し「悩んだ」。結局、いったん右肩をハラシリに当て、動きを鈍らせ、右隣へ立つ味方がタックルした地点へ回り込もうと考えた。

 そうすれば、ハラシリの手元に腕を絡め、ボールを奪えると確信した。

 目論みは、外れた。

 堀江も、近くにいたLOのリアム・ミッチェルも右PRのヴァル アサエリ愛も、追いすがったSHの小山大輝も、ハラシリのパワーに圧倒されたのだ。

「(自分がぶつかる瞬間に、肩を)もっと差し込んでおけばよかった」

 果たして堀江は、人生訓のような振り返りをした。目の前の仕事をおろそかにすべからず。

「先を見すぎました。よくないですね。先を見すぎると、ああなっちゃう。いい反省です」

 かくしてワイルドナイツは、試合終盤になってリードを許した。ここまで12チーム中首位、国内公式戦26連勝中の強豪クラブに、いよいよ土がつきそうになった。

 イーグルスはタフだった。

 この日の登録選手中、直近の日本代表に選ばれたメンバーの数はワイルドナイツより6も下回った。さらに2019年のワールドカップ日本大会に出た田村優は体調不良で欠場し、スクラム最前列のHOはレギュラー候補2名が離脱していた。

 何よりキックオフしてからは、元日本代表NO8のアマナキ・レレイ・マフィがけがで退いた。好キックと驚愕のロングパスで魅した南アフリカ代表SHのファフ・デクラークも、途中で交代している。

 もともと戦力的にワイルドナイツを見上げる立場だったうえ、当日にも大駒を失った。それでも80分を通し、組織としての底力を保った。その意味でタフだった。

 風下の前半は高い弾道を蹴り上げ、落下地点に圧をかけた。風上に立った後半は放つキックに長距離砲を交え、ピンチを最小化した。

 守っては鋭くタックルを重ね、接点へしつこく絡んだ。特にFLの嶋田直人は再三、相手ボールのラックで反則を誘った。

 後半7分の得点機には、沢木敬介監督が作ったとみられるトリックプレーを披露した。

 互いが交差する動きで左端にスペースを作り、そちらへ一気に人員を投下する。終始、足技の冴えたFBのエスピー・マレーがトライを決めた。

 1分後のコンバージョン成功で12-14と、イーグルスはビハインドを2点に詰めた。ハラシリがダイブするまでの26分間は、跳ね返されても、跳ね返されても敵陣ゴール前までアタックし続けた。

 ワイルドナイツきっての守備の名手で、後半30分頃に好ジャッカルのFLのラクラン・ボーシェーは、こううなずく。

「イーグルスはフィジカルで、何人かがこちらに飛んでくるようなアタック、ディフェンスをしてきた。攻めるのが難しい相手でした。壁に当たっているような感覚で試合をしていました。とても、訓練されているチームだと感じました」

 強いチャレンジャーにリードを奪われた。ワイルドナイツは、断崖絶壁に立っていたはずだった。

 しかし、落ち着いていた。

「大丈夫、大丈夫! 俺たちならいける」

 失点直後の円陣で叫んだのは福井翔大。高卒後に加入の23歳はこの日、FLで途中出場していた。

 逆転されて「誰もしゃべっていない」のが気になって発破をかけたのだが、その必要すらなかったことに気づかされた。

「全員、(淡々と)次の役割を確認していたようで。あとで聞いたら、『お前だけ、(大声を出して)焦ってたやん』と」

 次のプレーは自軍ボールのキックオフだった。堀江いわく、「分数(残り時間)もあったんで」。ワイルドナイツはいったん右奥へ蹴り、陣地を取った。

 捕球役の位置へは、WTBの竹山晃暉がタックルを放った。

 この日2トライの竹山がこの場所で刺さるのは、堀江いわく「自分たちのやってきたこと」。いわばチーム内での決まりだった。その通常業務が成立するや、相手が倒れてできた接点へワイルドナイツの面々が次々と身体を差し込む。

 南アフリカ代表LOのルード・デヤハー、新人CTBの長田智希とともにその局面に入った福井は、「何も、考えてないです。もう、行くしかない」。果たして、相手の反則を誘った。

 その後のワイルドナイツはモールを止められながらも、直後の守りで短めのタッチキックを蹴らせる。再びゴールラインにやや近い位置から攻め始め、右から左大外へ球をつなぐ。ここから着実に接点を作り、最後はヴァルがインゴールに球をねじ込んだ。

 直後のコンバージョンをSOの松田力也が決め、21-19と勝ち越した。

 普段よりやや低い弾道だったが、ロビー・ディーンズ ヘッドコーチはロッカールームで松田がこう言っているのを聞いた。

「考えて蹴りました。風が強かったので、(抵抗を受けないよう)低い弾道でと」

 殊勲の福井は、ノーサイド直前の逆転劇までの流れを「あんま、覚えてないですね」と笑う。

「ずっと、緊張してました。はい」

試合後ファンにあいさつするワイルドナイツ。左から長田智希、ディラン・ライリー、堀江翔太(撮影:松本かおり)

 着替えを済ませ、取材エリアに現れた堀江は、「どのチームも、どのレフリーも、どのメディアも、僕らに負けて欲しいと思っている。どう考えてもそうでしょ」。冗談の口調で切実に述べる。

「僕が逆の立場やったら、絶対にそう思います。…でも、こういうプレッシャーを味わえるのは、(連覇している)いましかない」

 ストロングスタイルでチャレンジャーを跳ねのけにかかるという常勝集団の特権を、ワイルドナイツは、次のゲームでも味わうこととなった。堀江は締める。

「いつかは負けるかもしれないですけど、自分たちがやってきたことを出さずに負けるのはよくない。自分たちのやってきたことをしっかり出して、負けたらしゃあない。それと、やってきたことを出せれば勝てると、僕らは思っている」

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