愛するキックでヒーローになる。佐賀工の「勢い」作る、井上達木の感覚と技術。
神様、仏様、井上様。観客が座っているのとは逆側のメインスタンドでは、関係者がこう漏らす。視線の先には、公式で「173センチ、72キロ」の小さく大きなヒーローがいた。
全国高校選抜大会の準々決勝が3月28日、埼玉は熊谷ラグビー場であり、佐賀工は井上達木のドロップゴールで逆転勝利。自軍が8強入りした昨冬の全国大会で準優勝を果たした國學院栃木を、20-19とわずか1点差で下した。
後半ロスタイム31分。敵陣ゴール前右で相手の反則によるアドバンテージを得る。パスを託され、そのままゴールを射抜いた。
「ドロップゴールを外してももう1回、ペナルティーゴールを狙うチャンスがある。思い切りました。最高でした」
ずっとキックが好きだった。福岡は北九州の帆柱ヤングラガーズで楕円球を追うなか、選ばれし者に憧れるようになった。
「トップリーグ(リーグワンの前身)の試合を観ていて、コンバージョンを蹴っている選手がかっこいいと思った。それで自分も練習しようと思いました」
父の聖也さんの母校、佐賀工へ入ると、大物OBから指導が受けられた。五郎丸歩。日本代表の正キッカーだ。その折に少年が興味を抱いたのは、プレーが動く間に蹴る際の作法だ。
五郎丸と同じ最後尾のFBを担う井上は、地元の名士から教わる。「FBは一番後ろにいて、スペースの場所が見られる。それを探しながらエリア獲りをして、チームに勢いをつけろ」。首尾よく陣地を奪うため、球を持たぬ間も常に蹴りどころを探す。その姿勢は、今度の國學院栃木戦でも貫いた。
まだ0-0だった前半12分頃、自陣10メートル線エリアで味方がキックを処理。井上はパスを呼び込み、捕球すれば左斜め前方のスペースを裂く。
7点差を追う前半27分頃には、向こうの自陣10メートルエリア左でドロップアウトに対処する。仲間がキャッチしたボールをもらい、向こう側へ低い弾道を放つ。相手の後衛の足元、さらにはタッチラインを通過させる。
新しくできた50/22ルールに伴い、佐賀工は自軍ボールのラインアウトを獲得。モールを起点にフェーズを重ね、7-7と同点に追いついた。15番は「ドロップアウトの後は全員が上がってくる。(その背後が)空くのは分かっていたので、そこにコントロールして蹴りました」と話した。
「試合前にグラウンド上での風を読んで、考えながら、感覚で蹴っています。自分のなかでもいろんなキックを練習しているので、そのうちどれを蹴れば相手が攻めにくいかなどを考えています」
7-19とリードされていた終盤戦も、多彩な足技で活路を見出しにかかる。次第に、國學院栃木に反則がかさむ。
21分には井上がペナルティーゴールを決めて10-19と迫り、続く25分までには大活躍したWTBの大和哲将の走りを契機にチャンスメイク。SOの服部亮太が、インゴールへ蹴った球を自ら抑える。井上がコンバージョンを決めたのは26分。17-19。かくして、劇的なラストワンプレーの下地ができた。
「この大会ではベスト4以上が目標でした。自分のキックから、流れを持って来られたらなと思います」
こう意気込む井上は、30日の準決勝で前回王者の東福岡と激突。今度も目と足を使い、ヒーローになりたい。