日本代表候補ではなくキヤノンの先発SHとして。荒井康植が信じた道。
日本代表候補となったことは、あえて意識していない。キヤノンの荒井康植は言う。
「代表に入った。ミスもしていられないな…。そう考えると、プレッシャーを感じてしまう。まずは目の前のトーナメントに集中する」
5月8日、埼玉・熊谷ラグビー場。国内トップリーグのプレーオフトーナメント準々決勝に出る。4月中旬に今年度の日本代表候補にリストアップされたSHは、あくまで入部5年目のクラブの先発SHとして悔いなき日々を過ごす。
対するパナソニックは過去優勝4回の強豪で、堅守が際立つ。しかし、「でも、どこかしら穴はある」と荒井。東京都内の本拠地で、練られたチームの戦法を身体化させる。
「プレーに一貫性を持て」
元日本代表コーチングコーディネーターの沢木敬介新監督からは、こう発破をかけられる。
「一貫性」を得るべく、全体トレーニングの後は計4名いるSH陣で居残りセッションを実施。元日本代表の田中史朗が音頭を取る形で、キック、パス、ランと日ごとにテーマを絞り反復練習をおこなう。
4強入りの経験がなく、2018年に16チーム中12位だったクラブは今季、2月下旬からのレギュラーシーズンで開幕3連敗。しかしそれ以降は、プレーオフ2回戦まで1試合の中止を挟んで4連勝中だ。
第2節では2018年度王者の神戸製鋼に10-73と大敗。出場のなかった荒井も、沢木監督から「ラグビーへの意欲」について指摘されたのを覚えている。
もっとも、ここから悪循環には陥らなかった。
今度も戦うパナソニックに0-47と敗れた第3節は、問題視されていた「意欲」の領域で改善が見られたか。
自軍のエラーと先方の試合運びの合わせ技がスコアに変わっていたためか、沢木監督も「うまい、へたじゃない態度の部分は、パナとのゲームから少し変わってきた」と述べる。
第4節では、5季連続4強入りのヤマハに40-32で勝利。その日からスターターに定着した荒井は、苦境に陥った際に「やっていることを信じてやり切ろうと思えた」のがよかったと断言する。
振り返れば今季始動時にも、自軍のあり方について討議した。「それがあったから、いまもいい循環を作り出せている」とし、こう続ける。
「最初に沢木さんが言っていたのは『このチームに足りないのは愛情だ』ということ。さらに『強いチームはどういうことができているか』『勝つ文化とは何か』の詳細を話して、それを一人ひとりが行動に移した。ラグビーはチームスポーツ。(控えに回る)ノンメンバーの人たちにも役割がある。(試合の)メンバーだけが戦術、システムを理解するだけじゃなく、全員で役割を遂行することが勝ちにつながっていく。全員が勝つための仕事をする」
全ての構成員が団結して勝利へ突き進む。いまのキヤノンイーグルスは、そんな世界中の指導者が求めるチーム状態を形成しているのだろうか。沢木監督はこう補足する。
「選手、スタッフのチームをよくしたいという努力する姿勢。それが(お互いに)感じられて、一人ひとりがこのチームのために、力になりたいとより思うようになっているのかな、と」
荒井は身長175センチ、体重80キロの27歳。鞘ヶ谷ラグビースクール、佐賀工高を経て入った帝京大では、最終学年で臨んだ2015年度に大学選手権7連覇を達成している。本当の意味で一枚岩になった集団の底力は、学生時代に体感済みだ。
今度の大一番でも、己の信じる道をひたすらに駆ける。