指揮官、「ヨーヨーテストは根性」と発破。走れる安昌豪、キヤノンで初代表狙う。
数分前まで練習をしていたグラウンドを出て、その脇のスタンドへ座る。
芝のほうからボールが飛んで来るや、「あ、危ないです」と、話し相手を気遣う。
機転が利くのはプレー中も同じだ。
安昌豪。兵庫県ラグビースクール、大阪朝鮮高、明大を経て2020年春にキヤノンへ加わった左PRだ。
身長178センチ、体重110キロのサイズで、タックルした後の起き上がりや位置取りの素早さ、パススキルで際立つ。
スタミナもある。1年目の6月下旬に実施した持久力テストでは、部内で上位にランクインした。
「そこは僕の強み。これからも伸ばせれば」
測定では20メートル間、40メートル間、60メートル間の往復を休憩せずに5本ずつおこなうブロンコ、一定の区画を限界に達するまでジョギングで往復するヨーヨーテストを実施した。
ヨーヨーテストをする折、監督の沢木敬介に発破をかけられたと笑う。
「安ちゃん、ヨーヨーテストは最後、根性だよ。そう言われ、気が引き締まりました」
同年1月に開幕した国内トップリーグで4月以降に社会人デビューを飾る可能性もあったが、シーズンは2月下旬限りで不成立となった。いまは全選手とも、2021年2月開幕の戦いをにらむ。ここで安が見据えるのは、初の日本代表入りだ。
「まずは身体作り。食事を自分で管理するようになったなか、トップリーグで通用するフィットネスとフィジカルを強化しています。体脂肪率、ウェイトのスコア…。チームとしての目標(数値)があるんで、それを目指します」
世界に触れてきた。高校日本代表、20歳以下日本代表という年代別の精鋭に名を連ねたうえ、大学ラストイヤー終了後にはサンウルブズの練習生になった。正式発表は1月15日だ。
サンウルブズは、2020年まであった国際リーグのスーパーラグビーへ日本から参戦してきたプロクラブだ。
2020年はスーパーラグビーとトップリーグの日程がほぼ重なり、サンウルブズのスコッド内の日本代表経験者は2019年以前よりも限られた。主力格となったのは、元南アフリカ代表SHのルディー・ペイジら国際経験の豊富な海外選手だ。
それでも安が惹かれたのは、パナソニックの布巻峻介ら国内勢の情熱だった。
「もともとのサイズ、スピードで(外国籍選手より)劣るところが多い分、工夫していた。たぶん、一番ミーティングを重ねていたのが日本人選手でした。宿舎へ帰った後、ビデオを観てトークしているなかには外国人選手もいたのですが、日本人選手が必ず、混ざっていました」
創意工夫と献身を心掛ける集団にあって、コーチングコーディネーターをしていたのは沢木だった。2015年までの日本代表でも同職のサントリー前監督は、スーパーラグビーの中断決定から約3か月後の6月15日にキヤノンの指揮官になると発表される。
安はサンウルブズにいた時、まさか目の前のコーチングコーディネーターが後のボスになるとは「まったく思っていなかったです。噂すら聞いていなかったので」。それでも、沢木の求心力の源についてならわかった。
「いつも練習で意識するポイントを話されるのですが、そこでは試合に通じる理にかなったことしか言わない。『こういうラグビーをする』という目標があって、そこへ向かっている感じがある。だから選手も発言を理解しやすい。勝てるチームでは皆が同じ方向を見ます。(沢木は)その指針を示すのが、上手な方なのだと思います」
その印象は、キヤノンで師事するいまも変わらない。夏場の実戦練習では、プレー中に止まる時間を減らし、仲間同士で素早くスペースを共有するのを心掛けていたような。安はうなずく。
「それがキヤノンのできなかったことだったと、最初のミーティングで話されていた。僕たちに合った練習をしているんだと思います」
2023年には、4年に一度のワールドカップがフランスである。日本代表は2015年のイングランド大会で、過去優勝2回だった南アフリカ代表などから歴史的3勝をマーク。2019年の日本大会では、頂点へ立つ南アフリカ代表に屈するまでに史上初の8強入りを成し遂げている。
安は日本大会で活躍した具智元、姫野和樹、松田力也を3学年上、出番こそなかったもののメンバー入りの木津悠輔、アタアタ・モエアキオラを2学年上とする。同世代の戦士に刺激された。
「ひとつまえ(2015年)の頃は高校生だったので実感がなかったんですけど、2019年は試合をしたことのある選手が出ていて、すごく身近に感じた。(フランス大会は)常に意識していますね」
これから出会うであろうステージアップの好機へも、敏感に反応する。2月21日、東京・町田GIONスタジアムでNTTドコモとの開幕節を迎える。