【コラム】ワンバウンドのパス
■「わざとワンバウンドでほれ。その方が抜けるんや」
ある大学ラグビー部のOBが集まる酒席だった。耳新しい話を聞いた。「うちは戦後すぐの頃、パスをわざとワンバウンドで投げる練習をしていたらしい」。普通は味方が捕りやすい位置にボールを届ける。あえて地面に落とすトレーニングとなれば、かなり珍しい。
もっとも、「ボールが地面に落ちた時がチャンス」は一つの定説になっている。コーチングのノウハウを伝えるイングランドのウェブマガジン「Rugby Coach Weekly」は、ワンバウンドのパスの利点を2つ挙げる。
①守備側の選手の動きが止まり、警戒心が瞬間的に緩む。
②守備側の選手の視線が下に向き、守備の連係が乱れる
実際、このプレーから多くのトライが生まれている。新しいところでは、2月9日のシックスネーションズ、スコットランド対アイルランド戦。後半14分、地面に落ちたパスをアイルランドのSOジョーイ・カーベリーが拾う。足が止まったタックラー2人の間を割って突破。トライにつなげた。
やや古いものだと、国内にも有名なシーンがある。1991年の全国社会人大会決勝、神戸製鋼対三洋電機戦。終了間際、4点を追う神戸のSO藪木宏之が飛ばしパス。地面で跳ねたところをCTB平尾誠二が捕球して前進。WTBイアン・ウィリアムスにつなぎ、語り継がれる逆転劇が生まれた。
藪木さんによると、平尾さんは常々、こう諭していたという。「パスはタイミングや。スペースがあったらワンバウンドでもいいからほれ」。この精神を具現化するため、神戸製鋼は2年前にタッチフットのルールを変えていた。ノーバウンドのパスしか許されなかったのを、ワンバウンドでもプレー続行する形に変更。落ちたボールへの反応は、チームとして磨いていたものだった。
その神戸製鋼も故意にパスを地面に落とすことまではしていなかったという。
冒頭の「戦後すぐに練習していた」という逸話は、京都大学ラグビー部のもの。関西Aリーグで優勝争いをしていた1950年前後のことだろう。自由な発想を重んじる部風だけにありそうな話だが、他のOBに聞いても詳細を突き止めることはできなかった。神話の類いだったのだろうか…。
別のチームの似た話を教えてくれたのは、元日本代表主将の廣瀬俊朗さんだった。大阪府立北野高校ラグビー部でSOに入って練習をしていた時。年配のOBから声が掛かった。