コラム 2016.12.17

体育館に歓声が響く 神戸聴覚特別支援学校で初めてのラグビー授業

体育館に歓声が響く 神戸聴覚特別支援学校で初めてのラグビー授業
パス回しをする神戸聴覚特別支援学校の小学6年生。左端は帝京大からパナソニックに進んだ大塚貴之さん
 12月16日、兵庫県立神戸聴覚特別支援学校で初めての「ラグビー授業」がありました。
 県庁所在地である神戸市の西側、垂水(たるみ)区にある学校では、聴覚に障害のある2歳児から高校卒業後に入る専攻科まで90人の児童、生徒が勉強しています。
 授業には小学6年、中学、高校生(専攻科含む)43人が参加しました。
 講師は県内の尼崎市立尼崎高校(通称:市尼=イチアマ)のラグビー部監督で体育・保健教員の吉識伸(よしき・しん)先生です。
 招いたのは、今年2016年4月に校長として赴任した天知吾郎先生でした。
「吉識先生から、赴任して10日後に電話をもらいました。『いつでもラグビーを教えに行かせてもらいます。連絡待ってます』と言ってもらいました。その時から、いつか子どもたちにラグビーを通じて、元気をつけてあげたい、と思っていました。秋になって、私も学校の流れが分かってきたので、今回来ていただいたのです」
 吉識先生は47歳。報徳学園、大阪体育大時代にはPRとしてならし、2002年には聴覚障害者で構成されるデフラグビー日本代表の監督もつとめました。
「もともと、妹の足が悪かったので、大学にいた時から障害者スポーツを勉強していました。天知先生から電話をいただいた時には、これは行かんと、と思いました」
 天知先生は56歳。西宮南でラグビーを始め、神戸大では体育会に所属。ポジションはFLでした。卒業後は数学教員として鳴尾、神戸ではラグビー部監督をつとめました。B級レフェリーの資格も持っています。
 天知先生が第27代校長として赴任した支援学校は1931年(昭和6)、神戸聾唖(ろうあ)学校として創立され、今年86年目を迎えます。創立6年後の1937年には聴力、視力、言葉を失う、いわゆる「三重苦」に打ち克ったヘレン・ケラーさんが訪れた由緒ある学校です。
 この日の授業には、吉識先生のほかに、市尼の教え子、3年生両LOの田中優生君(龍谷大進学)、山口蒼太君(大阪体育大進学)、聴覚障害を持ちながら2014年度、帝京大でWTBとして第51回大学選手権に出場した大塚貴之さん(現パナソニック)、健常者として20年以上もデフラグビーの啓もう活動に携わっている長田耕治さんら10人がアシスタントとして、加わりました。
 天知先生は自腹を切って、ラグビーボール10個と公的に交通費が下りない、千葉や愛知などから駆け付けたアシスタントの人々のお金を用立てました。
「子どもたちに元気をつけてやれるんやったら、一肌脱がないといけません。ボーナスをもらったところやし、嫁にも話したら、『わかった』って言うてくれました」
 授業は午後1時20分、校舎3階の体育館で始まりました。吉識先生は予定がびっしり書き込まれたA4紙を手に、スクリーンを使って、ラグビーを説明します。
 コミュニケーションは手話、口話(口の動き)、ジェスチャー、言葉などが使われます。
 ラグビーの概要を聞いた後は、5人のグループに分かれ、円形に立ってパス回し。ドリブル、ショートキックなどをリレー形式でしました。館内には歓声が沸き起こります。
 ここで1コマ分の50分が終わり、休憩。生徒2人が天知先生に駆け寄ります。
「校長先生、ラグビーやろー」
「よし、やろう」
 3人は三角形でパスを始めました。天知先生はスクリューパスの仕方を教えます。
 2時間目はタグラグビー。腰にぶら下げた2本のタグを1対1で取り合います。最後はタックルバッグに当たったり、ラインアウトのリフト体験をしたりしました。
 50分×2コマの授業はケガ人を出すことなく、3時20分に無事終了しました。
 高2生の新野(しんの)優雅君は初めてのラグビーを振り返ります。
「やったことのない体験ができて楽しかったです。みんな(アシスタント)はドリブルとか続けてできてうまかったです」
 専攻科の岡本紘樹君はニッコリです。
「やってみて楽しかったです。思っていたよりもパワーがすごくパスも速かったです」
 参加者の反応のよさを受け、吉識先生は安どの表情を浮かべました。
「こんなにみんなによろこんでもらえるとは思いませんでした。とてもうれしいです」
 天知先生は言います。
「ラグビーというのは、タックルを受けたりして、痛みを受容しながらも前に進むスポーツです。その姿を彼らに分かってもらえたらなあ、と思っています。その上で、内向きにならず、自己実現できるように、どんどんチャレンジして行ってほしいのです」
 天知先生は校長室のドアを来客以外は開けっぱなしにしています。いつでも生徒たちと触れ合えるように、との理由です。
 ほんの少しでも、この日の1回きりの「ラグビー授業」がみんなの刺激になったのなら、それは校長先生にとって、大きなよろこびであることは間違いありません。
(文:鎮 勝也)

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神戸聴覚特別支援学校校長の天知吾郎先生(左)と講師をつとめた市尼崎ラグビー部監督の吉識伸先生

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