【ラグリパWest】全国デビュー㊤ [金沢学院大学ラグビー部]
部史に大書できる。
金沢学院が全国デビューを果たした。全国地区対抗大学ラグビーに初出場する。通称「地区対抗」は1月2日の準決勝で敗れた。山梨学院に10-48(前半5-27)だった。
監督の野村倫成(みちなり)が選手に向ける視線は柔らかい。45歳である。
「いい経験になりました」
スクールカラーのエンジのジャージーを全国舞台で初めて披露できた。
野村は目も顔も体も角がない。元PRらしく若干丸みを帯びる。温和な感じが漂う。
「フィジカルの強化ですね。やられたらやり返すというメンタル面も弱かったです」
課題をつかめたことも収穫だ。
金沢学院の創部は野村が監督として着任した2013年に定めている。
「すでに同好会的なものはあり、15人ほどがいましたが、初日に来たのは7人でした」
東海学生リーグの三部から一部のAに上げ、13年目で全国大会に部員を連れてゆく。
その成長をもってしても、山梨学院は強かった。トライ数は2本と8本。その力は関東リーグ戦の二部ながら、一部校と変わらない。昨秋、二部1位だった中央は入替戦で日大に40-43。その中央に山梨学院はリーグ戦で17-19と2点差負けだった。
金沢学院は3年生以下の新チームで大会に臨んだ。直前に体調不良で6人がメンバーから外れた。ただ、山梨学院も1年生が中心だった。その層の厚さにも違いがあった。
山梨学院はNO8に突破力のあるネマニ・スミスを置き、1年生SOの篠原悠士の50メートル級の長いキックで地域を取る。
「相手のアタックに飲まれてしまいました」
山田純平は振り返った。ゲームキャプテンをつとめた3年生FBである。
この準決勝は「事実上の決勝」と言われ、山梨学院は4日後の決勝戦で鹿児島大を50-0で破り、初優勝する。金沢学院は初勝利を記録する。1回戦は東北大に47-7だった。
地区対抗は1951年(昭和26)に始まった。現在は大学におけるセカンドの全国大会になったが、大学選手権より始まりは13年も早い。その選手権を制した帝京や関東学院もこの地区対抗での優勝をステップにしている。
どちらの大学の大会も主催するのは日本ラグビー協会だ。地区対抗は今回、76回目を迎えた。大会参加は8校。私立の金沢学院と山梨学院を除いた6校が国公立だった。
金沢学院は東海・北陸代表として初出場した。キャンパスは石川県の県庁所在地、金沢市にある。昨秋、東海学生リーグでは朝日、中京に続く3位に入り、大会予選で金沢大に57-24。出場権を得た。
金沢学院とって、後塵を拝した山梨学院には学ぶべき点がある。高大連携に乗り出していることだ。付属の高校は直近の105回全国大会を含め、3年連続で出場を決めた。長いキックが魅力の篠原も付属校の出身だ。
責任者的な役割を演じるのは大学の監督と教授を兼務する梶原宏之である。現役時代は東芝府中(現・BL東京)の強いFLとして、日本代表キャップ31を得た。準決勝後、その梶原と野村は話し込んでいる。
金沢学院も大学を頂点に、附属の高校に武田裕之、中学に白幡陽平を監督として配し、一貫性のある強化を始めている。武田は一昨年の4月に赴任した。前任の創志学園や天理ではチームを全国大会に出場させている。
野村はそれとは別に以前から全国を回り、選手を勧誘している。本職は大学職員。学生部の課長として諸問題に対応する。
「教員よりも職員の方が、授業に遮られることがなくて動きやすいのです」
野村は体育学の修士号を持っている。
その精力的な勧誘で部員は引退した4年生と女子マネ4人を含め83人。金沢まで東京から新幹線を使えば2時間30分ほどで着く。関西圏のイメージは払しょくされている。
岸紀希(としき)は目黒学院出身の2年生。初戦の東北大戦でWTBとして先発した。
「見学に行ったら、施設が充実していました」
岸が話すように、グラウンド、ウエイト場、屋内練習場ともに申し分ない。
普段の練習は3年前の春に完成したグリーンフィールドⅢで行う。フルサイズでLED照明付きの人工芝グラウンドだ。ラグビーの使用が優先され、大学、高校、中学が時間差で使う。キャンパスを下ったところにある。
そのキャンパス内にウエイト用のトレーニングセンターはある。バイクとトレッドミル(ランニングマシン)は20ほどあり、ダンベルは100以上。ラグビー部の専用ではないが、朝6時から夜10時まで開いている。
屋内練習場はこの時期の降雪に対応する。キャンパス内に2つある。東京から来た岸は最初、その雪深さに驚いた。
「全然、歩けませんでした」
大きい方はラグビー場の半面ほどある。
トレーニング場にいるストレングスコーチは北島孟(たけし)。茗溪学園出身の31歳だ。バックローとして出た3年時の92回全国大会(2012年度)は4強入りした。準優勝する御所実に17-48。同志社とその大学院を出て、学内では助教として講義を受け持つ。
指導の軸になるヘッドコーチは谷口佳隆だ。
「人間性は抜群です」
野村は全幅の信頼を寄せる。35歳の谷口はまた、大学の職員として学生の就職支援をしている。現役時代はSOだった。
昨年2月にはシアオシ・ナイがコーチとして加わった。大学の職員として総務部に勤務する。以前は母校の日本航空石川の監督をつとめた。元バックローは36歳。谷口はアタック、ナイはディフェンスに責任を持つ。
谷口とナイは前校名の日本航空第二で同期だった。2人の入学時に、野村が保健・体育教員などで赴任している。子飼いと言っていい。強固な結びつきがある。
ナイは16の年にトンガからこの石川にやって来た。野村、谷口、北島は石川が父祖の地でもある。この4人の指導陣が雪や寒さにへこたれることはありえない。
(全国デビュー㊦に続く)




