国内 2025.09.25

【連載⑦・秩父宮のゆくえ】2026年2月に着工予定。世界に類を見ない観戦体験を。

[ 明石尚之 ]
【連載⑦・秩父宮のゆくえ】2026年2月に着工予定。世界に類を見ない観戦体験を。
国立競技場横、第二球場跡地に建設される新秩父宮(撮影:BBM)

 新秩父宮ラグビー場の建設がいよいよ始まる。

 当初の計画よりも約2年遅れとなった経緯をまずはおさらいしたい。

 活動家や著名人による樹木伐採への反対運動を受け、東京都が事業者である三井不動産や明治神宮などの4者に、伐採本数を減らすなど樹木保全の具体策を示すよう要請したのが2023年9月だ。

 この要請を受け、工事は第二球場の解体途中でストップ。同4者は1年に渡る再調査を経て、昨年9月に見直し案を都に提出。10月21日の環境影響評価審議会総会で報告をし、同28日より樹木の移植や伐採を始めた。

 再調査により新秩父宮の敷地や聖徳記念絵画館前の伐採本数を66本削減し、うち9本は新秩父宮の建物の東面北側を一部道路から後退させることで実現させた。

 また、16本を伐採から移植に見直した。すでに枯れていたり、損傷が激しく安全管理上撤去が必要な伐採予定の樹木が4年前の調査から42本増えたこともあるが、それらを合わせても再開発による伐採本数は、743本から619本と124本減少する。

 さらに、新たに植える樹木を837本から1098本と261本増やす。新秩父宮の敷地内だけで131本増加する予定だ。

 また、周辺樹木の生育環境を良くするため、新秩父宮の機能維持を最大限図りながら計画を再検討した。建物の高さを当初の約55メートルから、国立競技場と同程度の約48メートルまで低減する。
 屋根や壁面のデザインも変更。傾斜をつけることで、樹木に対する日影時間にも配慮する。一方で、当初計画の観客席数約1万5000席に大きな増減はない。

 これにより、延床面積は約4000平方メートル削減されたが、観客席数に大きな増減はない。

 見直し案を提出した翌10月からは、神宮第二球場の土台となる基礎の解体工事と、敷地内の樹木の移植が始まり、国立と第二球場の間を通る道路の地下にある水道管や電気ケーブルなどインフラ設備の移築もおこなっている。

 新秩父宮の着工は2026年2月、工事は2029年12月までの予定。その後、数か月の準備期間を経て運用開始を目指す。計画当初から約2年遅れる計算だ。

 なお、見直し案では樹木医などの専門家と調査を進め、新神宮球場といちょう並木の間隔を約8メートルから約18メートルまで拡大することも決まった。根っこへの影響を最小限にし、より良い生育環境を整備していく。

 今回の連載では、新秩父宮の設計に協力した「POPULOUS(ポピュラス)」への取材も叶った。同社のこれまでの取り組みも紹介していく。

 POPULOUSはスタジアムやアリーナなどスポーツ・ライブエンターテインメント施設の設計を専門とするグローバル企業だ。欧米を中心に名だたるスポーツ施設の設計に携わっている。ラグビーではアイルランドのアビバスタジアム、NZのイーデンパーク(改修)、そして今春開業した香港の啓徳スタジアムを手がけた。

 設計のみならず、スポーツイベントの計画や運営を担う専門チームも有し、オリンピックは1996年のアトランタ以降、夏冬両方の会場計画に関わり、NFLのスーパーボウル(決勝)にも40年以上従事している。

 グローバルディレクターのブレット・ワイトマン氏は「われわれは世界を見ても類を見ない、スポーツエンターテインメントに特化した唯一の設計事務所」と説明する。

「世界各地でいろんなプロジェクトを手がけてきましたが、海外での成功事例をそのまま日本に落とし込むことはしません。グローバルな知見や専門性を、地元ならではの文脈に落とし込んでいく。一番注力していることは、その施設に関わるファン、来場者、選手、演者、スタジアムの運営者といったユーザーを理解することです」

 そのために、日本にも15名弱の各専門領域のスタッフが常駐し、設計計画を担っている。加えて、ワラビーズなどラグビーの元代表選手の建築士2人が新秩父宮のプロジェクトにも携わった。

「ラグビーに限らず元プロ選手が多く在籍しています。そうすることで選手のニーズに応える環境や機能をいち早く共有できるんです」

 ワイトマン氏の目に、日本のラグビー観戦の環境は「より快適に、という点でまだまだ整っていない」と映る。

「ラグビーの通常のシーズンは冬場で、観戦するには寒過ぎます。若い世代や女性、ファミリー層にいかに足を運んでもらうかに注力しなければいけません」

 新秩父宮の設計において、まず参考にしたのはオーストラリアのサンコープスタジアム。レッズ(スーパーラグビー)の本拠地で、同氏は「アジア・太平洋地域で最高のラグビー観戦が享受できる施設」という。

 加えて、新秩父宮は屋内スタジアムとあり、「エンターテインメントを展開する施設のアイデアを採り入れよう」と、昨年5月に開業したイギリスのコンサートアリーナ「Co-op Live(コープライブ)」も参考にした。

「また、NFLのスタジアムにはフィールドと同じ目線で楽しめるクラブやラウンジエリアが多く展開されています。今度の新秩父宮にも『フィールドバー』をゴール裏のスタンド最前列に設置し、トライする様子を目の前で楽しめます」

 他にも、北側ゴール裏スタンドには高さ約25メートルから見下ろせる「スカイラウンジ」があり、同スタンドの角には「ラグビータワー」と称した斜め45度から全体を俯瞰して見られる席が設けられる。個席とは異なり、家族や友人だけの空間で盛り上がることができるだろう。

「新秩父宮は敷地がタイトで、フィールドを囲うようにスタンドを作ることが物理的に難しくなりました(1面は巨大スクリーン)。ですがそうした制約を逆手に取り、かつてない体験ができる空間を創ることができています。コンパクト、という良さもあるわけです。よりプレーに近づくことができ、緊密性を実現できます。試合との繋がりを体験できるはずです」

 日本のスタジアムの多くは、国民スポーツ大会(旧・国民体育大会=国体)を開催する関係で陸上競技のトラックにグラウンドを囲われている。それでは前列であっても、試合を遠くに感じてしまうだろう。ひとつの会場で複数の競技をおこなえる利点はあっても、エンターテインメントの視点で見ればそれは大きな障壁となるのだ。新秩父宮はそれらの課題を解決する。

 POPULOUSは、自分たちが手がけたスポーツ施設の収益性や収益機会の向上に寄与していると自負している。その実績を評価され、日本ではスポーツの分野を飛び越えた。
 この3月にグランドオープンした、関西国際空港第1ターミナールの大規模改修にも参画したのだ。

「私たちがユーザーを一番に考えるアプローチに興味を抱かれ、そうした考え方を空港計画にも落とし込めないかと依頼されました。そこで、タッチポイントがどこにあるのかを洗い出し、施設として収益性を向上させる機会がどこにあるのかを明確にした上で、設計プランを提案しました」

 スポーツ施設においても、兵庫のひめじスーパーアリーナなど、日本国内の「スポーツエンターテインメント施設開発プロジェクト」に複数携わっている。

「国家レベルのプロジェクトに限らず、地方の施設でも観戦体験を改善できます。収益性を確保することができれば、スポーツ競技そのものの発展にも還元できる。日本でも長年に渡ってお手伝いできればと思っています」と今後を展望した。

*ラグビーマガジン9月号(7月25日発売)の記事を再掲
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