国内 2025.08.21

「もっとラグビーをうまくなりたい」。ワセダクラブ65歳、トップイーストに挑むよっさん(吉野俊郎)の思い。

[ 見明亨徳 ]
「もっとラグビーをうまくなりたい」。ワセダクラブ65歳、トップイーストに挑むよっさん(吉野俊郎)の思い。
8月16日の練習メンバー。よっさんの左は21日にマレーシア勤務へ旅立つ坪郷智輝(筆者撮影)



 2025年、4シーズン目の東日本地区トップイーストリーグCグループ(以下TE-C)を戦うワセダクラブTOP RUSHERS。8月16日、土曜日。お盆休み中の午後4時半過ぎに、上井草の早稲田大ラグビー場に20代から60代、社会人のメンバー20人ほどが集まる。

 33度を超えたグラウンドは蒸し暑い。その中、タッチフットを延々と繰り返す。休みを挟みながら約1時間半。走り続けた。

 最年長は今年もWTB吉野俊郎(愛称・よっさん)。1960年9月5日生まれ、もうすぐ65歳になる。

 黄色のTシャツを着たよっさんが、メンバーと同じく走る。アタックでは味方に優しいパス、スペースがあれば抜きにかかる。ディフェンスもコミュニケーションを取り追いかける。Tシャツの背中には「AGE IS JUST THE NUMBER(年齢はただの数字)」とプリントされている。クラブが退職日にさきがけて開いた「定年退職祝い」に合わせた作成した。

定年退職記念のTシャツ。鍛えられた背中がプリント文字の意味を証明する

 よっさんは、今季もTE-Cで出場を目指す。現役であり続ける理由は一言、「もっとラグビーをうまくなりたい」。

 勤めるサントリー株式会社を9月末に定年退職になる。仕事場は市場開発本部専任部長。大手全国チェーンの居酒屋、ファミリーレストランなどにサントリーのアルコール飲料を卸す重要な部署だ。

「ビジネスマッチングが多いですね。M&A(企業買収)を含めて、企業と企業の間をとりもつ。M&Aまでいかないが業務提携とかを取りまとめる。うまくつながってもらう。結果、我々として両方とも良い会社になってもらいサントリーの商品をあつかってもらえればありがたい話になりますね」

 もちろん仕事にラグビーは役立ってきた。「ラグビー経験者はコミュニケーションがある。『私もラグビーをしていました』とか。うまく話がすすむことが多いです」。

 早大卒業後、創部間もないサントリーラグビー部を選ぶ。仕事と両立しながらの42年6か月。「楽しく仕事できたかなと思います。たまたまラグビーの調子と仕事の調子って両方良かったってこと無かったし、両方が悪かったってことも無かった。ラグビーの調子が良いときは仕事がぼちぼちだったし。逆もあったりで。人として生きていくのでバランスが取れていた」と話す。

 よっさんがピッチに立つとチームに一つの戦略が生まれるらしい。それまでもメンバーはプランに沿って試合をしている。「吉野さんにトライさせないといけないって。他の14人は、私が入ると『何とかトライ取らせよう』と。すると筋が通ってくる。ストーリーも読みやすいですね。『そろそろ、こっちに折り返してくるなと』。あそこで一人、相手を引き付けてくれたら、俺、ノーマークだな。その通り、若者たちが動いてくれますよ。

 言葉通りのシーンは7月27日の川越ファイターズとの練習試合(オーバー40)でも見ることができた。20分ハーフの後半10分過ぎ、よっさんが出場した。トライ後のゴールキック無しで、それまで2本ずつトライを決めて10-10の同点。ワセクラボールのラックからのボールをSHが素早くさばいて、FL平野航輝に渡り、平野がピッチ左側で待つ、よっさんへラストパス。試合を決めるトライとなり、試合後はMVPに選ばれた。

川越ファイターズとの練習試合。決勝トライでMVP獲得(写真提供:ワセダクラブ)

 チームも広報役をかってでる岡洋介さんは話す。「よっさんにトライを取らせるようにサインプレーを考えて練習してきました」。

「ありがたい。22メートル線手前でボールをもらい走った。ボールはGが無いので左中間へ置きました」(よっさん)。

 よっさんは、日立一高、早大、サントリー、ワセクラと楕円球を追いかけている。1987年の第1回ワールドカップでは日本代表として出場した。今も身長は176センチ、体重は66キロを保つ。ワールドカップ時の68キロと変わらない。

 会社に行く前に五反田のジムで朝7時から8時まで、ウエートトレーニングに取り組む。

「まんべんなく上半身も下半身も、押す方も引く方も鍛えます。ほぼ毎日。金曜日だけジムが休みなので週のうち1日だけ休み。月・火・水・木行きます。土曜日、きょうもジムによってからここに来ているので2部錬です。日曜日は家の周りを走るかジムに行くか。嫁(和世さん)のスケジュールでどっちかです」

 トップレベルにとどまる理由に、スポーツ選手の基本を保ちたいという意欲がある。「あらゆるスポーツの基本は、動体視力だと思うんですよ。若い連中とやっているから、動体視力の劣化が”徐々に”で済んでいる。年齢が上の人と一緒だとたぶん、もっと落ちると思います。動体視力を保つために若い人たちとプレーするのが好きです。これが衰えると若い人とするのは危険です」。

 8月16日の練習、早大でアカクロジャージを身に着けた若手FL坪郷智輝(28歳)も参加した。21日にマレアーシアへ海外駐在で旅立つ若手は絶賛した。「65歳になるのに。凄いです」。

 ワセクラは、コロナ感染がまん延していた2021年シーズン、関東社会人連盟1部で優勝しTE-Cへ昇格した。昇格後の成績は’22年4勝3敗(4位)、’23年5勝2敗(3位)、’24年3勝4敗(5位)。上位のTE-B昇格は果たせていない。

 よっさんの出場は’22年2試合、’23年1試合、昨年はゼロ。最後のトライは2年前の最終節12月10日、JAL WING戦だった。試合の結果では1位か2位の可能性も残っていたが、19-44で敗戦。よっさんは後半30分、背番号20をつけて左WTBに入った。

 35分、グラウンド左を攻めたワセクラ、よっさんに渡りトライラインを越えた。このトライがたくさんトライを決めてきた本人にとって最高のものだ。

「メンバー全員と私に興味を持って観ていた人達全員の思いがあのシーンを作りだしてくれたように感じたもので。そして何より記憶に新しいもので、こんな新しい記憶の上書きができたらいいなーと思っています」。

 ワールドカップに出た仲間、早大やサントリーの仲間たちは残念ながら亡くなられた方もいる。ラグビーを引退しビジネス界、リーグワンのチーム運営やラグビー界の要職を務める方もいる。言われるのは、二つ。「ケガするなよ」「そういうやつがコロッと逝くからな、注意しろよ」。

 ワセクラの後藤禎和監督からも「もう自由にやってください。ケガしないように」と任される。サントリーの2歳下の後輩、土田雅人・日本ラグビー協会会長も「まだ現役ですか?」と声をかける。

 ワセクラが今季、目標のTE-C優勝のためには「足りないのはフィットネス。スキルとかは負けてないので。練習量が若干、少ない。個人でどこまでカバーできるか」が鍵だ。

 チームは8月30日、31日に菅平合宿でチーム力を高める。初戦は9月6日(土)、相手はサントリーフーズSUNDELPHIS。神奈川県秋葉台公園球技場、午前11時キックオフ。「自分は24番目の選手、登録の23人が揃えば出番はない。でも目指すの本人の勝手です。23番の覚悟はあります」。

タッチフットの練習、よっさんも1時間以上、走る走る

 そうだ、よっさんは前日に65歳を迎える。「5日は職場の歓送迎会があるなぁ。二日酔い、気をつけないと」。職場の同僚の皆様、5日の歓送迎会、酒量はご注意を、秋葉台に応援へ。よっさんの言葉、「昨日の自分よりも今日の自分が成長している」に思いをこめる。

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