こども食堂×ラグビーで「夢を叶えるエネルギーを」(2) BULLS沖縄ラグビースクール/地域振興×ラグビー普及の取り組み

沖縄ラグビー界の振興とラグビー普及を目指す「BULLS沖縄ラグビースクール」が、こども食堂の運営などを掛け合わせたイベントを企画し、活動を活発化させている<同記事(1)からつづく>。
「沖縄ラグビーの普及と発展を」と2022年10月に設立されたBULLS沖縄ラグビースクールは、週3回のチーム指導だけではなく、地域の子どもたちとその家庭が参加するさまざまなイベントを企画している。
チーム創設をきっかけに次々と地域イベントを打ち出すのは、地元出身の二人。三菱ダイナボアーズで4年半、プロ選手としてプレーした比屋根裕樹さん(沖縄市出身)と、元女子日本代表の加藤あかりさん(恩納村出身)だ。
2人が企画するイベントの主たる目的はスクールの参加者募集だ。
そして一連のイベントにはもう一つのテーマがある。
「僕自身、中学時代はトップ選手の指導を受けたくて、フェイスブックやSNSを使ってアプローチをかけていたんです。沖縄でラグビーのトップ選手に指導を受けるのは難しい。だからこそ、沖縄でも、どんな子にも、夢を持って一つひとつ目標をかなえていく達成感を味わってほしい」(比屋根氏)
加藤さんが補足するのは、ラグビーは「一つの選択肢」でいい、という二人の考え方だ。子どもと家庭の側に立って、まずはスポーツに触れ、続けられる環境を広げる。そのベースとして、子どもたちが何かに夢中になれる場をつくりたい。
「沖縄は、家庭の貧困の度合いが全国でもワーストの県。うるま市は中でも状況が厳しい。ラグビーの普及のため子どもが集まるイベントを、と活動を続けていくと、その壁になっているものが見える。課題の一つとして、貧困の問題を目の当たりにしてきました」。加藤さんはいま、栄養についても学んでいる。
BULLS沖縄ラグビースクールは、これまでもさまざまな普及活動を重ねてきた。学校でおこなう定番のラグビー体験教室だけでなく、学童保育施設での放課後ラグビーも。普及活動のエリアが子どもたちの生活に重なっていくにつれ、アクションの内容は単なる部員募集とは違う側面を備えていくことになった。
今年の新しい取り組みの一つに「英語×ラグビー」のイベントがある。

比屋根さんは、米軍基地内で働く消防士だ。
「沖縄は外国のルーツを持つ子も多く、英語は他の地域よりも身近で、あったら便利なツールの一つ。BULLSの保護者で英語を教えられる人がいて、講師を務めてくれています」
英語×ラグビーのイベントでは、ラグビー体験を楽しみながら、コミュニケーションとしての英語に親しむ内容を組んだ。
英語とラグビーのかけ算の効果は、加藤さんにとっても予想以上だった。
「これまで考えてきたものの中で、英語は一番リアクションの大きい企画になりました。英語は難しい、と思われがちだけれど、スポーツをしながら…という設定にすると、少しハードルが下がりますよね。英語を勉強しよう、と正面から言われるよりも、楽しめるイメージになる」(加藤さん)
「基地がある、という独自の環境で受け入れられている面は大きい」と比屋根さん。こうしたBULLSの活動には、意外なうれしい反応もあった。
「BULLSの活動に、基地内にあるラグビーチームからサポートの申し出をいただきました。英語ラグビーのイベントに、ボランティアで加わってくれたり、彼らの発信でチャリティーを企画して、集まったお金を届けてくれたり」
競技普及を他の何かと掛け合わせることで、活動を支える人の輪が広がっている。「英語」の要素がラグビー普及を助け、ラグビー(スポーツ)の持つ特長が地域の課題へのアプローチとなっている。
この相乗効果は、今回立ち上げた「こども食堂」でも発揮されている。
イベント名は「アスリート食堂塩屋(しおや)」。
うるま市の塩屋公民館に一流アスリートを招き、1時間ほど子どもたちとスポーツを楽しんだあと、食卓を囲む。夢を持ち、かなえてきたゲストとスポーツや食事を通してふれあうなかで、子どもたちに多くを受け取ってもらえるのではと期待している。その効果はすぐに現れるものばかりではないが、これまで沖縄にはなかったスタイルの「こども食堂」の価値は大きい。うるま市、沖縄県からも注目されている。
「市役所の方からも、応援とご助言をいただいています。食事だけ済ませて帰るのではなく、そこで、次につながる体験をしてもらえるのがいいと」(比屋根さん)
ゲストとなるアスリートたちからは、BULLSの取り組みへの応援の声が届いている。4月19日に行なわれた第1回のアスリート食堂では、比屋根さん、加藤さんがアスリートとして参加。今後は、サッカー、陸上、野球、バスケット、さらにはさまざまな職業や経営者などの地元人材もリストアップされる。
「ゲストを通して、毎回違った色が出せれば」(比屋根さん)
アスリート食堂では、何かにチャレンジするきっかけに出会える場であることを、大切にしている。比屋根さん自身の場合、それは空手だった。小学生時代、世界7連覇の実績を持つ佐久本継男という師に出合った。その生きざまや言動に「努力は人を裏切らない」と学んだ。小柄だった比屋根さんに恩師曰く「小さいやつが負けるって誰が決めた?」。「自分の武器を伸ばして、それで勝負しろ」。その教えは信念となって、のちにラグビープレーヤーとしての比屋根さんを支えた。生き方になった。
自身がうるま市の高校でプレーした加藤さんも、子どもの場づくりの面を強調する。
「各イベントでも、ラグビーだけにフォーカスしないことは意識しています。人生はふとしたきっかけで変わることがある。子どもたちにとってはなおさらそう。一人ひとりにとって何がスイッチになるのか、誰も分からない。いろんな『入口』を用意したい。その中から、僕もスポーツしたい、私はラグビーが好きという子が増えれば。少ない人数でも、その突破口を見つけてくれたらうれしい」

「自分にはキラキラしたこれからがある。子どもたちにはそう感じながら大きくなってほしい。人生を切り開くきっかけ。それが私の場合はラグビーだっただけ」
加藤さんの言葉の奥には、地域のリアルな姿と希望がある。
比屋根さんは今後のBULLSの活動でも、県外にない「沖縄色」を出し、生かしていきたいと言う。
どんな地域にも特徴はあるだろう。簡単に「地域の文化」と言えるものばかりでもない。ただ、抱える課題へのアプローチは、あきらめず道を探れば、いつか個性になるかもしれない。
「行動して、感じたことから、また次にしなきゃいけないことが見えてくる。私たちの手に余ることも出てきます。その準備は、今からしていかないと」(加藤さん)
BULLSの周りには、活動の広がりで多くの人が集まりつつある。そのコアで動く企画家の比屋根さん、加藤さんはますます多用を極める。互いに家族があり、仕事も持つ二人につい、たいへんですね…ときいてしまった。比屋根さんはにっこり笑い、加藤さんは言い切った。
「いろいろ重みは感じていますけど。たいへん、というよりは夢中ですかね」
BULLS沖縄ラグビースクールは週3日、石川浄水場または美東公園で幼児から小学生が集まって練習を重ねる。次の「アスリート食堂塩屋」は5月17日(土)11時から塩屋公民館にて。参加無料、当日参加可。問い合わせはインスタラグラム @bulls.rugbyschoolまで。
