大物揃いの注目カード。史上最多の3万人超が触れた「価値」。
爪痕を残したのは、日大出身の28歳だった。
国内リーグワン1部の第2節きっての注目カードが12月16日、神奈川・日産スタジアムであった。
今季初白星を目指す昨季3位の横浜キヤノンイーグルスは、南アフリカ代表55キャップでSHのファフ・デクラーク、同68キャップでCTBのジェシー・クリエルを擁していた。
前年度6位で開幕2連勝を目指すトヨタヴェルブリッツは、司令塔団にニュージーランド代表125キャップのアーロン・スミス、同123キャップのボーデン・バレットを並べた。
両軍が、今秋のワールドカップ・フランス大会のファイナリストを揃えたのだ。
ここで要所を締めたのが、代表歴のない竹澤正祥だった。後半23分からイーグルスのFBに入り、最後尾で身体を張った。
「なにがなんでも、トライをさせない」
24-15と9点リードで迎えた後半25分頃。イーグルスは対するSHのスミスの仕掛けながらのさばき、SOのバレットの巧みなバックフリップパスで、中盤右の防御ラインを破られた。次の攻防では、右から左への展開で自陣22メートル線あたりまで後退した。
肉弾戦が生まれた。ここに176センチ、86キロの竹澤が、腰を落として肩を差し込んだ。対するトヨタヴェルブリッツの反則を誘った。
続く26分にも、ビッグゲインを決めた相手WTBの山口修平へ追いすがった。手元に指をかけて落球を誘った。
その1分後には、自陣ゴール前左まで抜け出た山口にジャッカル。ペナルティキックをもらった。
「…初めてかもしれないです。ジャッカル、成功したの」
しびれるドラマは、まだあった。
31分。イーグルスはLOのリアキマタギ・モリをイエローカードで失い、フィジカル自慢のヴェルブリッツにさらに押し込まれた。33分。スミスのトライなどで2点差に迫られた。24-22。
振り返ればイーグルスは、序盤から陣地を問わず複層的な陣形で攻め、空間へのキックとその弾道を追う動きでヴェルブリッツのエナジーを削ってきていた。
ペースを握りながらも接戦を演じていたのは、一時、敵陣ゴール前での好機を逃していたからだった。
日本代表70キャップでSOの田村優いわく「もっと楽に運べた」という80分を、自分たちでスリリングにした格好だ。
ただし終戦後の田村は、「やると決めたことをやり抜いて勝てたので、自信になるんじゃないか」。沢木敬介監督もこうだ。
「コントロール的には、不細工な展開なんですけど…。俺らのベースにあるのは、泥臭く、ハードワークして、相手よりも走ること。そういう自分たちの根っこ、大事にしているものを再確認できたのがよかった」
数的不利をものともしないイーグルスの献身が、そう言わしめたのだ。
36分。自陣中盤で相手ボールスクラムを与えたあたりで、主将になったこともある田村が円陣を組んだ。沢木が厳しさを打ち出すクラブの歩みを踏まえ、発破をかけた。
「こういう時のために練習してきたんだよ、と。これ、勝つと負けるではだいぶ、違うんで、そういうことも」
プレーが再開した。対するNO8のアイザイア・マプスアが、デクラークを蹴散らし22メートル線を通過した。その行く手を阻んだのは、竹澤だった。タックル。すぐに起きた。スミスに圧をかけた。
その後も猛攻に遭いながら、最後は自陣ゴールライン上右中間でLOのマックス・ダグラスがトライセーブ。竹澤も身を挺した。
密集の下敷きになったダグラスは、ここで負傷により退いた。すでにイーグルスは交代選手を出し切っており、ノーサイドまでの2分強を相手より2人も少ないなか戦うことになった。
仲間に肩を担がれピッチの外へ出たダグラスが、無理矢理、フィールドへ戻ろうとしたその時、後半12分からNO8として好守連発のアマナキ・レレイ・マフィもどこか痛そうな表情。FLで先発しチョークタックル、ジャッカルを重ねたコーバス・ファンダイクも、芝にうずくまっていた。
満身創痍の13人は、またも自陣で堅陣を張った。衝突。また衝突。球が回った左の区画をカバーした。
ヴェルブリッツ、ノックオン。田村とともにタックルしたのは、34分から登場の天野寿紀だ。SHで登録もWTBに入っていた。沢木の采配による。
「(先発WTBに)足をつっている奴がいたので。天野には『うまいことやれ』って言いました」
リスタートはスクラムだ。ゲームの始まりから概ね組み勝っていたイーグルスだが、最後は2列目が本職でなかったとありやや押し込まれた。
なんとか攻撃権を保った。
グロッキーだったはずのファンダイクが、突進した。
ヴェルブリッツが密集でペナルティを取られた。
がまんを重ねたイーグルスが、逃げ切った。鋭い出足でファイトのクリエルが言った。
「お互いのためにハードワークする。口でそう言っているチームは多い。そんななかでも、きょうのラスト10分のディフェンスは、我々がどんなカルチャーを持っているチームかをお客さんに示すものだったと思います。(人数が減ったことで)よりハードワークしなければならなくなりました。ただ私たちには、タフなマインドセットが根付き始めています」
勝者には序盤から、万事における速さがあった。後方へ蹴られて戻る速さ、多角度のパスでスペースをえぐる速さ…。
ファーストプレーには、自陣からの連続攻撃とペナルティキックからの速攻の合わせ技を選んだ。陣地の取り合いに転じても、勤勉さと判断力を示した。田村は前半終了間際、バレットのキックを首尾よく捕ってリターン。後半15分頃には右奥の無人の箇所へ田村、デクラークが順に足を振り抜いた。
沢木の分析はこうだ。
「前半20分で自分たちからインテンシティ(強度)を上げていった。それが最後の最後に効いて、トヨタさんよりも足が活きていたのかなと」
幸運なのは、この物語を3万1312人ものファンが見ていたことだ。レギュラーシーズンの1試合入場者数の最多記録を大幅に更新。目玉となったデクラーク、スミスのSH対決も随所に披露された。
スミスはパスを放る際、ずっと滑らかに肘を伸ばしていた。球筋をなめらかにした。12点差を追っていた前半32分のCTBのシオサイア・フィフィタによるトライシーンでも、スミスのパス技術が冴えていた。
デクラークもそれに負けまいと、攻め込んだ先での意表を突くキック、「(仲間との)つながりを意識した」という守備で牙をむいた。
後半19分頃には、ラックで球に手をかけようとするスミスへ体当たりした。スタンドを沸かせた。
2人はともに170センチ前後。スミスが「彼(デクラーク)がどこにいるかを、常に気を付けて見ていました」と笑うかたわら、デクラークは件のぶちかましについて語る。冗談の口調。
「(味方のボール保持者が)孤立していたので、自分が(サポートに)いかなきゃいけなかった。絡んでいるのがでかい奴じゃなく、アーロンでよかったです!」
新規顧客からリピーターを生む努力は、随所になされた。ヴェルブリッツの主将でFLの姫野和樹は、「ワールドカップイヤーだけではなく、来年以降も集客を継続することが課題。それを各チームがやってくれることと思います。僕たちは、楽しいラグビーを見せ続けるのが仕事」。日本代表のリーダーでもあるクラブの顔は、惜敗を悔やみながらも激戦の価値を誇った。