いま、刀を振る時。稲垣啓太、生きるか死ぬかのアルゼンチン戦へ、静かに燃ゆ
生きるか死ぬかの熱戦は目の前だ。
9月8日から開催中のワールドカップ(以下、W杯)は、プールステージの最終ラウンドに入っている。
ノックアウトステージに進出する国が決まる一方で、すでに大会を去ることになり唇を噛むチームも多い。
日本は10月8日にアルゼンチンと戦う。
2日前の同6日には試合会場となるナントのスタッド・ド・ラ・ボジョワールで軽い練習をおこない、その後、選手たちの会見がおこなわれた。
4試合続けて1番で先発する稲垣啓太が、自分と仲間たちの、充実した精神状態を言葉で表現した。
世界のトップレベルの相手との戦いに臨む心境を、「簡単に一発を狙ってプレッシャーをかけられるほど甘くない」と話した。
「80 分かけて、スクラムとラインアウトにしっかりとプレッシャーをかける準備はしてきたつもりです」
実践すべきことはシンプルだ。「詳細をお話しすることはできませんが」と前置きして続けた。
「大事なのはマイボールを確実にバックスに出すこと。そして、相手ボールに対してどうやってプレッシャーをかけるのか。その詳細を 1 週間突き詰め、準備してきたつもりです」
日本のスクラムドクター、長谷川慎アシスタントコーチのもとで積み上げてきたものには自信がある。
「慎さんは、一人ひとりの役割を明確にしてくれました」と話す。
「逆に言うと、一人でも自分の役割を果たせなかったら同じ方向に進めない。そういったスクラムを 8 年間かけて構築してくれたと思っています。アルゼンチン戦では、そういったそれぞれの役割を大切にして、ディテールを突き詰めたスクラムをグラウンド上で発揮できるようにしたいと思っています」
この日はスタジアムの芝の状態も確かめた。
W杯に入って3戦中2試合を戦った『本拠地』のものに近かったという。
「個人的な感覚ですけど、トゥールーズ(芝の感覚)に少し似ているな、と感じました。いい状態で、この芝であれば、自分たちが準備してきたものを、自信を持って出せると思っています」
W杯に3大会続けて出場中。33歳のベテランは、大会に入ってなお結束を高めるチームの成長を実感している。
初出場のチリが相手とはいえ、初戦は全員が大きなプレッシャーを感じる中でのプレーだった。
「イングランド戦もそうだったと思います。そして、先週のサモア戦は、負けたらプールステージを突破する可能性が低くなってしまう状況。その中で、自分たちが準備してきたものを出して勝ったことは、選手にとって大きかった」
チームの状態の良さを肌で感じている。
アルゼンチン戦へ向けての準備の1週間の中で、仲間の「覚悟をすごく感じた」と証言する。
「なので、自分たちが準備してきたものをすべて出す。その一言に尽きると思います。間違いなく選手、個人個人の能力は上がってきているし、比例して、チームの能力も大きくなってきていると僕は思っています」
アワチーム(Our Team)のマインドがチームを支えている。
ピッチに立っている選手だけでなく、日々をともに過ごしている選手、スタッフ全員で強くなってきた。
だから、試合に出られなくとも仲間たちに勇気を与えてくれるメンバーやケガ人にも気を配る。
「ケガ人が出ている事はチームとしてもすごく残念なことですが、何より残念なのは、その本人。(次の試合で)自分たちが勝たなければ、その選手たちは(次に)プレーする機会を得られない。そういうものもしっかり背負って、自分のやるべきことをやる」
その思いを全員が持っていると確信している。
アルゼンチン戦への準備の途中、稲垣自身が、チーム全体に言ったことがある。「刀を振ろう」と話した。
「ディフェンスのミーティングの時に、その言葉を使わせてもらいました」と話す。
日本人の昔の文化に学んだ。
「侍が刀を抜くときは、すごく厳しい状況だった。刀を抜いたら相手を殺すか、自分が死ぬかその 2 択しかない。勝たなければ次に進めないといういまのチームの状況は、すごくそれに似ている」と思って、「刀を振る時」と呼びかけた。
「振らなければ自分たちが切られてしまう状況の中で、全員が自信を持って刀を振れる準備を何年もかけてしてきたつもりです」と言い切る。
振るための技術を積み上げてきた。いま、全員が研ぎ澄まされた状態にある。
まず最前列にいる自分が、やるか、やられるかの勝負に勝って、日本のスクラムを出し切りたい。
日曜日のファーストスクラムでいつも通り、熱く、冷静な集中力を発揮する。