【ラグリパWest】達人の域㊤。長谷川慎 [静岡ブルーレヴズ/スクラムコーチ]
長谷川慎はラグビーにおけるスクラム指導の達人である。
スクラムはラインアウトとともにセットプレーを構成する。勝利のカギを握る。
愛称は「シンさん」。その柔らかい音とは違い、分厚い体、感情を控える顔、細いながら広範囲に光る目など凄味が漂う。
シンさんはテレビドラマ『暴れん坊将軍』にも出てくる。江戸時代、世直しをする8代将軍・吉宗の市井での愛称でもある。
現代のシンさんはスクラムを直し、強くする。来年3月で55歳。今は静岡ブルーレヴズに籍を置く。リーグワンのディビジョン1(一部)を戦う。昨季は7位だった。
シンさんの肩書はアシスタントコーチからスクラムコーチに変わる。笑った。
「今年はスクラムです」
目がなくなる。より専門に特化できる。
日本代表のスクラム強化にも腐心してきた。W杯は2019、2023年と2大会連続して担当のコーチだった。これまでのその方策も含めて、略称<静岡BR>に落とし込む。
このチームでコーチについたのは15年前だった。新監督の清宮克幸に誘われ、一緒にやって来る。当時のチーム名は保有企業の名を冠したヤマハ発動機ジュビロだった。
以来、青いジャージーのPRとHO、いわゆるFW第一列の7人を日本代表に押し上げた。最初はPRの長野正和。ケガがあり、試合出場を示すキャップは得られなかった。
続いて、仲谷聖史、伊藤平一郎、山本幸輝、日野剛志、茂原隆由、稲場巧と続く。得たキャップ数は仲谷から4、6、7、5、6、3。日野だけがHO。仲谷と山本は現役引退した。
静岡BRでFW第一列のレギュラーになれば、日本代表になれる。そんな噂が飛ぶ。シンさんの基礎練習は昔ながらのものだ。選手を四つん這いにさせ、首を両手で思い切り押さえつける。選手は上下左右に動かす。
関西出身らしくジョークが飛ぶ。
「両方の手首が腱鞘炎になりそう」
S東京ベイも同じ基礎練習をする。コーチの山村亮は現役時代、シンさんから教えを受けた。古いも新しいもない。基礎は不変だ。
シンさんは懸垂なども推奨する。首や肩回り、背中を現役時代、自分も鍛えてきた。
「かさが増えれば、体の隙間がなくなり、相手の首が入りにくくなる」
かさは厚み。それらの基礎練習で手が上がらず、頭を洗えなかったことがある。
シンさんは解説する。
「横にデカく、かさがある方が嫌」
身長は高くなくてもいい。日本代表キャップ5を持つ日野は172センチ、93キロとHOとしては小柄だが、そのかさによって相手を封じ込める。36歳でも一線に立つ。
シンさんはクラブハウスの2階からふと下を覗いた時のことを回想する。
「けいたつと稲場がタイヤを押していた」
本山佳龍はU20日本代表。稲場は4つ上の24歳のフル代表。同じ右PRである。2人はスクラムの姿勢でタイヤを前進させる。
本山と稲葉はさぼらない。シンさんは言う。
「トレーニングは続けないといけない」
チームディレクターの西内勇人は評する。
「2人は兄弟のように仲がいいです」
ライバルではない。その空気感は選手を分け隔てしないシンさんが作った。
選手を見ながら、コンバートも提案する。4年目の八木澤龍翔(りゅうと)はLOからHOに上がった。身長は188センチだ。
「身長があればLOってホンマにおうてる?」
長身ではあるが、リーグワンでの外国人選手は200センチ超えが少なくない。
シンさんは八木澤のことを考える。
「口数少なく、努力するタイプ。でも頑張った先、リターンは少ない」
LOとして出場機会は限られる。HOなら広がる。112キロと体重もあり、スクラムを中央から安定させられる。
八木澤のひとつ上に左PRの茂原がいる。シンさんの中央大の後輩であり、187センチ、118キロと同じようにサイズがある。
「茂原は脚をたためる。それが無意識にできている。下半身の使い方を知っている」
シンさんは才能を口にする。
八木澤と同じHOにはひとつ下の作田駿介がいる。175センチ、108キロの体躯である。
「首が強い。ラインアウトもいい」
スローイングである。西内の言葉がある。
「みんなウチで育った選手ですね」
シンさんが育てた、と変換もできる。
西内は33歳。現役時代はFLだった。今は選手の採用などを担当する。本山を長崎南山卒業後、プロ選手として、大学通学とセットにしてチームに引き入れた。苦労して獲った選手たちをシンさんは愛情を持って育てる。採用から育成の風通しはすこぶるいい。
大成のための秘訣をシンさんは語る。
「最後は気持ちやと思う。気合いじゃないよ」
気持ちとは向上心ととっていい。
「スクラムを組むよね。10本、15本と組む。1本ミスる。それを2日続けたらダメ。2日目に気持ちを出せるかどうか」
流されないことから成長は定まる。
体を鍛え、強い気持ちを持つ。その8人が集まり、最高のスクラムが組める。
「8人の力を漏らさないことが一番」
そのためのやり方を端的に文字にする。
<脚の位置や全体の方向、高さを調整する>
踏ん張る脚、押す手などはセンチや角度、スパイクのポイントの長さにもこだわる。
2019年のW杯時、ラグビーマガジン12月号増刊ではシンさんの特集が掲載された。
<スクラム内部には、PRとHOの接触面、PRとLO、PRとFL、LOとNO8の接点など4つの壁があり、それらを生かす。誰かひとりが頑張るのではない>
その8人の結びつきは互いに有機的なものでなければならない。
(達人の域㊦に続く)



