存続危機にも動じなかった。藤井達哉がグリーンロケッツで戦う理由。
ノーサイド。ベンチで負けを受け入れた。
NECグリーンロケッツ東葛の藤井達哉は4月4日、本拠地の千葉・柏の葉公園競技場で、加盟するジャパンラグビーリーグワン2部の第10節を21-22で落とした。
九州電力キューデンヴォルテクスを相手に交代する後半31分まで6点リードも、まもなく勝ち越された。
攻防の起点であるスクラムの優劣が、時間の経過とともに変化していたような。味方が徐々に押し込まれるようになったのを踏まえ、藤井は振り返る。
「スクラムで反則を取って(敵陣ゴール前に進んで)モールで(トライを)獲るのがきょうのプランでした。それができなくなった時にマインドを変えられたら、もっといいアタックができた。何が悪かったのか、試合中はあまりわからなかった。でも、負けてしまったということは、何かが悪かった。なぜ負けたのを分析し、ひとりひとりが役割を理解する(のが大事)。ラグビー自体はうまい人が集まっている。あとは、自分の仕事をやれば負けることはない、と話しています」
身長164センチ、体重65キロの26歳。強気な仕掛けとゲーム制御が光るSHだ。
日本のプロ選手となったのは2019年。19歳の頃だ。父の雄一郎さんが長らく指揮を執っていた宗像サニックスブルースでは、加入早々に海外出身のヘッドコーチのもと主戦級となった。
思うに任せぬことも経験した。旧トップリーグで爪痕を残してきたブルースは、リーグワン発足時に最下層の3部へ編入。藤井は移籍せざるを得ず、グリーンロケッツに移りたてだった21年7月にはブルースの廃部を正式に知った。
グリーンロケッツでも現実の難しさを知る。リーグワンでは事業面が評価されて1部スタートも、当時の体制は早々に刷新された。そして2部に降格して3シーズン目を迎える前の昨年8月、責任企業がチーム譲渡を検討していると通告された。
受け入れ先がなければ、リーグワンから外れることとなった。
「正直、またか、とは思いました。サニックスのことがあったので」
落ち着きは保った。
数年来、グリーンロケッツの行く末が不透明だと察しながら、外的要因のせいでルーティーンが崩れるのを防いだ。
「(チーム存続の危機を)1回、経験している分、皆より余裕はあった。『どうなるかわからないけど、やることはやるだけだ』と。僕、あまり考える人ではないので、チームがなくなったらなくなったでどこかへ…と(捉えていた)。ただ、そのため(新天地からオファーをもらう)には試合に出て、勝たないといけない」
東海大福岡高卒業後にニュージーランドへ渡り、ハイランダーズの18歳以下チーム、19歳以下オタゴ代表に選ばれた。帰国後のチームでも、外国人選手と親しくなることが多い。
そのため、最近のグリーンロケッツで海外勢の不祥事による退団が相次いだことへも「仲のいい人がどんどんいなくなってく。もう、ないことを祈ります」。ここで再確認するのは、父の仕事ぶり何たるかだ。
ブルースを手掛けたほかは、スーパーラグビーのサンウルブズおよび日本代表の強化、1部の静岡ブルーレヴズの指導に携わってきた雄一郎は、その間、選手のグラウンド内外での行動に目を光らせてきた。トラブルを最少化した。長男は笑う。
「その点に関しては、尊敬しかないですね。選手としては、見たことがないのでわからあないですけど」
ちなみにプレーしてきたチームは、いずれも好きなところが似通っている。グリーンロケッツもその例に漏れないという。
「仲がいい。『グループ(特定の選手同士が固まる傾向)』がない。(グリーンロケッツは)スコッドも小さいですし、タイトになりやすいかなと。少しのミスが起きても、皆で助け合ってできている」
現所属先は結局、来季からJR東日本に移管される。来季以降の環境は整えられた。
「とりあえずよかった。JRさんには感謝しかないです。全員が安心した。このチームで1部に上がりたい気持ちはあります。その時、自分が、グラウンドにいたいな、とも」
今後もこれまで通りに戦えたら嬉しい。




