コラム 2025.10.02

【ラグリパWest】4年目の秋。王子拓也 [天理高校/保健・体育教員/ラグビー部ヘッドコーチ]

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】4年目の秋。王子拓也 [天理高校/保健・体育教員/ラグビー部ヘッドコーチ]
天理高校の保健・体育教員の王子拓也さんは、ラグビー部のヘッドコーチとして監督の松隈孝照さんを支える。生粋の<天理青年>は創部100周年の今年、母校の7回目の冬の全国大会優勝に向けて、チーム強化にまい進する

 天理高校のラグビー部はこの2025年、創部100周年を迎えた。

 その長い歴史の指導者として、個人的には2人のOBが興味深い。長老は田仲功一であり、若人では王子拓也である。

 田仲は81歳。1960年の中ごろから10年ほど、コーチや監督をつとめた。関西ラグビー協会では理事長や副会長をつとめた。

 王子は30歳。春秋に富む。現ヘッドコーチとして監督の松隈孝照を支える。
「押しつけない。根が優しいですね」
 松隈は評する。選手は111人になった。部史上最多である。それは指導者として4年目に入った王子の存在と無縁ではない。

 押しつけないのは挫折を知っているから。自分が絶対ではない。母校に戻る前はNTTドコモ(現RH大阪)にいた。5シーズン弱を過ごし、公式戦出場は1。王子は179センチ、91キロのSOだった。

 挫折の理由をはっきりと口にできる。日焼けしたこげ茶色の中にある眼も口も一文字。意志の強さが見え隠れする。
「実力が足りませんでした」
 SOにはマーティ・バンクスや川向瑛(かわむこう・えい)らがいた。

 王子の凄味はそこで捨て鉢にならなかったことだ。天理の高校や大学で主将をつとめた過去を投げうち、対戦相手の動きをまねるなど下働きをいとわずやった。RH大阪で現役引退をした茂野洸気は7学年上で主将経験者にもかかわらず、「尊敬する」と言い切った。

「そのことは今の自分にはめちゃめちゃ役に立っています。あの経験がなかったら、気づけていないことは多いです」

 王子は夕食時に積極的に選手に話しかける。
「練習で見られる人数は限られています。だから、色んな席に座ります」
 111人のひとりも取り残さないように心を砕く。選手は全員、ラグビー専用の勾田寮に住んでいる。読みは「まがた」である。

 その向き合い方にはまた、保健・体育の教員という立場も作用している。父の久則は同じ天理高で地歴公民などを教えている。
「最初は不思議な感覚でしたが、今はもう慣れました」
 母の裕子も社会科の教員だった。教え導くことはお家芸でもある。

 王子が競技を始めたのは6歳、幼稚園の年長だった。やまのべラグビー教室に入った。
「おじさんがコーチでした」
 伯父は田中善教。その兄の伸典(のぶふみ)はFBとして日本代表キャップを15得る。「シンさん」の愛称で親しまれた。

 王子は幼稚園から大学まですべて天理。18年の間、この街における私立の学校法人で学んだ。生粋の<天理青年>でもある。

 高校時代の思い出を口にする。
「きつかったです。陸上部か、と思うくらい走りました」
 藤井主計(かずえ)の影響が残る。大学のラグビー部監督として、1970年代に4回、関西を制した。藤井の考えは、走り勝ち、順目に攻め、数的優位を作る。

 その猛練習に耐え、王子は1年からSOでレギュラーになる。3年時の冬の全国大会は93回(2013年度)。主将CTBで出場。8強で準優勝の桐蔭学園に14-26で敗れた。

 大学でも1年から公式戦に出場する。
「負けたイメージが残っています」
 関西でこそ5連覇の最初2年の優勝を果たすも、4年時、主将についた大学選手権は初戦の8強戦で敗れた。東海大に7-33。大会は54回(2017年度)だった。

 王子はチームをまとめきれなかった思いが強い。当時は部員の多さを言い訳にした。
「150人いても、個人に対して色々なアプローチや関わり方があったと思っています」
 その反省の上に立ち、今の指導がある。

 声をかけてくれたNTTドコモでは挫折こそあれ、社業では認められた。営業を3年、総務を1年やった。社内外のもめ事を処理する総務は出世コースである。その将来性を天秤にかけることなく、誘ってくれた母校に戻る。2022年4月だった。社会人時代は大阪で暮らしたことで、より広い世間も知る。

 その母校の純白のジャージーには不動の目標がある。<日本一>。冬の全国大会優勝は歴代4位タイの6回。前回は69回大会(1989年度)である。決勝は啓光学園(現・常翔啓光)に14-4。監督の松隈が2年の時だった。

 当時と違うのは奈良県内に御所実という強敵が出現したことである。
「まずはそこを越えないといけません」
 王子が母校に赴任してから、県予選決勝では負けなしの3連勝をしている。
「それはたまたまです」

 3連勝の中心は守りだ。ある高校ラグビーの名伯楽は試合を見てうなった。
「天理のディフェンスはレベルが高い」
 出る、流す、待つがしっかり分けられ、1対1でもひるまず低いタックルに入る。

 今年、御所実と15人制での対戦は一度きり。5月18日にあった県新人大会の決勝では29-17で勝利した。
「秋はそう簡単にいきません」
 王子は慎重な態度を崩さない。105回目の全国大会県予選の決勝は来月16日に定められている。県決勝での顔合わせはこれまで実に30大会連続である。

 この奈良の勝者は本大会上位に来る可能性が高い。王子のコーチ1年目、102回大会は御所実に15-7。本大会では4強に進出する。準優勝する報徳学園に12-26で敗れた。

 その国内屈指の激戦区を勝ち抜くためのメンバーを王子は端的に語る。
「城内を筆頭にまじめな子が多いです」
 FL主将は186センチの城内佳春(じょううち・よしはる)。高校日本代表候補には城内とWTBの坂田弦太郎が入っている。

 この2人を軸にしたまじめな3年生と下級生たちを高みに導きたい。そのため、王子は挫折を乗り越えて来た。創部100周年に相応しき秋になるよう、残り1か月半、選手たちとともに4年目の精進を続けてゆく。

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