コラム 2025.08.15

【コラム】「優しい」だけではいけない

[ 向 風見也 ]
【コラム】「優しい」だけではいけない
6月12日の日本代表発表会見で記者の質問に答えるエディー・ジョーンズHC(撮影:編集部)

 ラグビーを取材する人間にとっても、甲子園の話題は無視できない。

 阪神甲子園球場で開催中の全国高校野球選手権大会の出場校において、今年はじめに部内で暴力の事案があったと発覚した。

 加害者と見られる上級生は春までに処分されたものの、それが十分なプロセスを踏んで決まったものなのか、罰則が十分だったのかを問う投稿がインターネット上で広まった。

 被害者の家族によるものであろうその書き込みが起爆剤となり、当該の高校は初戦突破後に出場辞退を発表した。

 驚くべきは、その理由である。

 事件性の重さを再検討したからではなく、誹謗中傷の影響を重んじたためと説いたのだ。意思決定者の感覚が一般論とかけ離れていたためか、議論は過熱の一途を辿る。

 高校ラグビー界もここ数年、強豪校の不祥事と無縁ではなかった。被害者のいる事案が少なくとも2件はあった。

 その折はいずれも、当該部員がチームと学校を辞め、長らく務めていた監督も速やかに交替した。チームがその年度の全国大会出場を目指してもそう波風が立たないだけの環境が、すぐに整えられたと言える。

 そのうち一件に至っては、退部と退学を余儀なくされた学生を他県の私立高ラグビー部が受け入れた。更生の機会を作ったのだ。

 ここでは何も、ラグビーが凄いと伝えたいのではない。むしろ、こちらの知らぬところで、冒頭の球児絡みの件のような、隠ぺいと取られかねない不透明な処分が発生していないのを祈るのみだ。

 もしも明るみになっていないネガティブな事案があるとしたら、その発掘は報道の役目でありたい。この夏は、ラグビーのメディアの片隅にいるひとりとして、考えさせられる出来事があった。

 ラグビー日本代表の宮崎合宿で練習公開がなされた6月下旬、チームディレクターの永友洋司氏が報道陣と懇談の場を設けてくれた。

「飲んでください」「食べてください」とチームが用意したコーヒーやサンドイッチを勧めながら、チームづくりの裏側、今後のセレクションへの見立て、就任2年目となるエディー・ジョーンズHCの様子についてフランクに述べてくれた。

 示唆に富む内容もあり、その中身は筆者もこれまでの記事で引用させてもらったり、今後の記事で書くのを検討したりしているなか、ひとつの気にかかる談話をメモに書き留めた。

「日本のメディアの方々は優しいって、エディーは言っていますから」

 ルーツのある日本以外にも計3つの国代表を教えてきたジョーンズが、各エリアのメディアと激しいやり取りを重ねてきたのは周知の事実。結果が出なかった時のバッシングも特大のインパクトがあった。

 一方、日本のメディアはさほど脅威の対象にはなっていない。伝えられたのはそういった主旨だろう。

 取材対象者と喧嘩をするのは取材者の仕事でないと、筆者は考える。ろくに背景や前提条件を取材せずに好き放題に対象を叩くのもおかしいだろうし、妥当な問題提起をするにしても、訴える側(例えば改善点を口にする選手)のキャリアが損なわれるような報じ方には慎重でありたい。

 また、例えば大事な試合で見られた重大なミスも、たいていの場合は鬼の首を取ったように取り上げるトピックスではない。そのエラーが起きた事実を無視さえしなければ、ありのままを伝えるというライター、リポーターの役割は果たせるはずだ。

 それでも、一定以上の権限を有する役職者に「優しい」と思われたままでいるのには、敏感であったほうがよいと思う。「優しい」の位置に甘んじることは、被取材者へのやみくもな追従、無批判な態度に繋がる恐れがあるからだ。その状態を放置すれば国民が不利益を被ると、日本の1945年までの戦争報道が証明している。

「優しい」を放っておくことのリスクを再確認したのは、日本代表の対ウエールズ代表2連戦が終わってしばらく経ってからだ。

 ちょうど開催された参議院総選挙で議席を伸ばした政党が、一部の報道機関の会見参加を拒否。先方が発する「お断り」の理由は、例の野球部の意思決定並みに議論の余白を残した。

 公益財団法人の日本ラグビーフットボール協会も、2013年の15人制男子日本代表のテストマッチで複数名のフリーランス記者にパスを発行しなかったことがある。

 その決定を下した体制はすぐに刷新され、いまは大幅に是正されている。むしろ、現状ではこの件を蒸し返すのも恐れ多いのだが、あえてリマインドした。

 近ごろのニュースに触れ、平時であっても権力のチェックが不可欠だと再確認させられたからだ。一見すると用心深さが過ぎるような態度が、最終的に多くのラグビーファンの利益に繋がると信じる。

 例の宮崎での懇親会。開始直前にベテランの出席者が、オフレコなのか否かを関係者に確認を求めていた。その間、すでに録音機をつける記者はいた。日本のラグビーメディアは、「優しい」ようでただ「優しい」だけではないのだ。

【筆者プロフィール】向 風見也( むかい ふみや )
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(共著/双葉社)。『サンウルブズの挑戦』(双葉社)。

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