国内 2025.07.10

チャレンジャーとして100周年へ。太田春樹新監督が描く“ライナーズ再興”の覚悟と信念。

[ 赤木元太郎 ]
チャレンジャーとして100周年へ。太田春樹新監督が描く“ライナーズ再興”の覚悟と信念。
ライナーズの新指揮官に就任した太田春樹監督。1987年生まれの38歳。現役時代はHOとして活躍した(写真:チーム提供)



 昨季ディビジョン1復帰を逃した花園近鉄ライナーズは、今シーズン終了後に指揮官の交代を発表した。

 新たにチームを託されたのは、選手としても、コーチとしてもチームに携わってきた太田春樹。現役時代からチームの中心にいた男が、今度は監督として再出発を切る。

 選手として、コーチとして、そして今は監督として。それぞれの立場で見つめてきたライナーズの真の姿とは。そして、どんなチームを作ろうとしているのか。強い“ライナーズ愛”を胸に、再興への道を歩み始めた新指揮官に話を聞いた。

継承と進化 ――「近鉄漢=チャレンジャー」としての原点回帰

「ライナーズらしさを、取り戻したいと思っています」

 太田春樹新監督は、力強く語る。彼が言う“らしさ”とは、泥臭く、粘り強く、魂を込めて闘い続けること。かつてのライナーズが体現していた、“ひたむきさ”そのものだ。

「タックルをしたらすぐに立ち上がる。次のプレーを早く、かつ連続的に。自分にできることを100%やりきる。そういう姿勢が、見ている人の心を打つんだと思うんです」

 太田監督は、この“自分でコントロールできる部分にどれだけ向き合えるか”こそが、チーム再建の要だと考えている。戦術やスキル以前に、まずはベースとなる「チームのために100%努力を惜しまないこと」に立ち返る必要があると。

 一方で、ここ数年のチームには、その“らしさ”がやや薄れてきた実感があるという。「誰かが声を上げ続けなければ、魂はいつの間にか失われてしまう。私自身もコーチとして、そのメッセージを出し切れていなかった。だから監督となった今、自分が責任を持って、全部を背負って、先頭に立つ。その覚悟でいます」と、太田監督は自戒を込めて力強く語る。

 ラグビーという競技は、自己犠牲の精神が問われるスポーツだ。自身の限界を越えてもなお走り、立ち上がり、またプレーをする。仲間のために体を張りゴールラインを死守する。太田監督はそれを「自己犠牲を表現できるスポーツ」と話し、そこにこそラグビーの本質があると確信している。

 だからこそ、「近鉄漢」として、誇り高く、ひたむきに、チャレンジを続ける集団でありたいと言う。派手なスキルや華やかなプレーよりも、見る人の胸を熱くする“魂のプレー”が根幹にあるべきだと信じている。

 苦しい場面で倒れても、何度でも立ち上がる姿に、「ああ、これがライナーズだ」と感じてもらえるような、そんなチームを再びつくり上げる。それが、監督としての太田春樹の、挑戦だ。

スタイルと組織づくり ―― “自立と対話”が生むボトムアップのチーム

 監督として目指すのは、決してトップダウンではない。選手たちが自ら考え、言語化し、行動し、チームを動かしていく。「自立」と「対話」に満ちた組織づくり――それが太田監督の理想だ。

「私自身、現役時代は社業との両立の中で時間を捻出し、自主的にトレーニングを積んできた経験があります。それは、ラグビーを極めたいという明確なビジョンがあったから。やっぱり“自分の意思で動いたとき”が、一番力を発揮できるんです。やらされているうちは、どこかで限界がくるんです。だからこそ、自立した組織をつくりたい」

 監督としては若手に分類される太田氏だが、コーチとしてのキャリアはすでに10年近くに及ぶ。

 母校の同志社大学や日本代表の下部組織であるジュニア・ジャパンのコーチを務めた経験に加え、昨シーズンはライナーズでコーチングコーディネーター(ヘッドコーチ補佐)としてチーム全体を俯瞰する立場も経験してきた。若くして多様な立場を経験してきたからこそ、トップダウンではなく、選手主体のボトムアップ型の組織に価値を見出している。

昨季はコーチングコーディネーターとしてチームを支えた(左から3人目/写真:チーム提供)

 その考えは、今後のチーム運営にも反映させて行きたいと語る。

 たとえばミーティング。従来はコーチ主導だった場に、今後は選手たち自身が立つ。自らの言葉でチームに伝えること。そのプロセスが、主体性を育み、組織の骨を太くする。

「監督やコーチが一方的に喋るよりも、選手が語った方が響くこともある。チームの中に“自分たちの言葉”があるかどうかは、すごく大事なことだと思う」

 コーチ陣やスタッフにも、ビジョンの共有を求める。戦術やスキルよりも先に、「何を大切にするチームなのか」という“価値観”の一致が、組織の文化をつくっていく。

「まずは、チーム内でミッションとビジョンを明確にすること。全員でそこに向かっていく。選手も、スタッフも、マネジメントも、みんなでつくるチームでありたいと思います」

 強いチームとは、ただ勝つだけの集団ではない。チームのミッション、ビジョンを共有し、各人は個人のビジョンを持ち、主体的に行動するそんな“骨太のチーム”こそが、成長を続けていく。

 ライナーズはいま、その再構築のフェーズに本気で取り組んでいる。

100周年に向けたビジョン ――ディビジョン1定着と、子どもたちのヒーローへ

 ライナーズの創部100周年となる2029年。太田監督は、その節目の年をひとつのターゲットに据えている。

「100周年に、どういうチームでありたいか。その姿から逆算して、いまやるべきことを一つずつ明確にする。それが自分の責任だと考えています」

 目先の目標は、ディビジョン1への昇格――そして、昇格して終わりではなく、“定着し、戦い続けられるチーム”をつくることにある。

 そのためには、戦い方の“軸”を固める必要があると太田監督は考える。今季はディフェンスとモールを強化の中心に据え、チームの土台を積み上げていく構えだ。

「全体的に底上げしないといけない。でもまずは、ディフェンスで負けないチームをつくる。どんな相手にも喰らいつき、粘り強く戦える土台がなければ、上位では勝てないと思っています」

 その裏には、今季チームとして断行した“若返り”の決断がある。

 シーズン終了後、ライナーズが発表した退団選手の数は20人に上る。特に30歳を超えるベテラン選手の数が多く、世代交代を推し進めた。ブレインとなるコーチ陣も自ら動き招聘した。これは戦力の刷新というだけでなく、“文化の継承と再構築”を意味する。
 今後の新体制の発表が楽しみでもある。

 そして、ラグビーのまち・東大阪をホームタウンとするクラブとして、地域にも誇られる存在になりたいという想いも強い。子どもたちが、「将来ライナーズの選手になりたい」「あの選手みたいになりたい」と憧れるような存在に。それこそが、次の100年、150年を築く“礎”になると信じている。

 花園の周りでは、“遊び”としてラグビーを楽しむ子どもたちの姿をよく見かける。そんな子どもたちと触れ合う機会も大切にしていきたいのだと語る。

 泥臭く、粘り強く、自己犠牲をいとわず、魂を込めてチャレンジを重ねる。その姿が、見ている人の心を打ち、地域に愛されるチームをつくる。

 俺たちは「近鉄漢」だ。
 チャレンジャーとして、闘い続ける――
 それが、ライナーズの矜持である。

 その精神を旗印に、ライナーズはもう一度“原点”からチームを築き直す。ライナーズに育てられた男が、今、チームの未来を託された。恩返しを胸に挑む太田春樹の背中に、新たな歴史が刻まれていく。

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