【村上晃一の楕円球ダイアリー#2】「脳震盪は起こさなくなりました」

リーグワンで連覇を果たした東芝ブレイブルーパス東京の眞野泰地選手に話を聞く機会があった。
眞野選手は準決勝のコベルコ神戸スティーラーズ戦で約40秒間に3つのタックルを決めた。
筆者も出演しているBS朝日のラグビーウィークリーという番組のX動画で、ファンから「脳震盪を起こさないか心配です」という質問があり、眞野選手がタックルのコツについて答えた。
「相手の力が伝わる方向を見て倒すことを意識します。相手が100%のスピードで走ってくるときは、その勢いを利用して倒すので、しっかりバインド(両手で相手をしっかりつかむ)することを意識します。相手がパスを受けようとして止まっているときは、こちらが100%で前に出てタックルしても大丈夫です。タックルの使い分けを意識しているので、脳震盪は起こさなくなりました」
起こさなくなりましたと答えたのは、眞野選手も、深く考えずに頭からタックルしていた時期があったからだ。
考えなしにタックルするのは危険である。ハードタックラーで名高い選手が、選手生命を短くしてしまった例は少なくない。自分の身を守ることは、長くプレーを続けるためにも大切だし、チームのためにもなる。
ラグビーは、怪我を防ぐために、さまざまな規制を設けている。タックルの際、相手の足を跳ね上げない、最後までバインドして倒す、体当たりでふっ飛ばさない、首や頭部に直接コンタクトしない等だ。
多くは怪我をさせないようにするものだが、同時に怪我をしないことも重要視して技術、スキルを磨いてほしい。眞野選手の考え方は理にかなっている。
ふと、30年以上前の記憶がよみがえった。
1990年、住友銀行の頭取、会長をつとめた磯田一郎さんが日本ラグビー協会の会長に就任されたときにインタビューしたことがある。
「最近のラグビーは見ていて怖いね。正面からタックルするでしょう。我々の時は、相手の足に入って勢いを利用して倒していたからね」
磯田さんは、戦前、旧制第三高等学校、京都大学ラグビー部で俊足のバックスだった。身を守るタックルを身に着けてほしいというメッセージでもあった。
1960年代後半から70年代に日本代表の名CTB横井章さん(早稲田大学卒)は言っていた。
「ラグビーはサイエンス」
単純に言えば運動エネルギーは、速さが2倍になれば4倍になる。
体重は軽くても相手よりスピードをつけて当たれば勝てるということだ。
当時の日本代表は海外の強豪国と戦うと、平均体重で10キロほど下回るのが常だったが、横井さんは「100キロの選手も止まっていれば怖くない」と言った。
いかに相手との間合いをコントロールするかという話である。
体重別ではなく、大きな選手も小さな選手も一緒に戦うのがラグビーだ。
小さな選手が勇敢に戦い、大きな選手を倒すのはラグビーの魅力の一つだが、相手の膝の前に身体を投げ出し、石ころのように身を固めて倒すのは危険すぎる。
捨て身とか、命がけのタックルではなく、理論と技術に裏打ちされたタックルで確実に相手を倒し、すぐに立ち上がってボールを奪い返すようなプレーを称賛したい。
競技規則の序文にはこう書かれている。
【ラグビーフットボールは、身体接触を伴うスポーツであるため、本来危険が伴う。いかなるときも、競技規則を遵守してプレーし、プレーヤーウェルフェアを考慮することが特に重要である。プレーヤーには、身体的にも技術的にも競技規則を遵守してプレーできるように準備し、安全な方法で楽しく参加するように取り組む責任がある。ラグビーを指導する、または、教える人には、プレーヤーが競技規則に従い、公正にプレーし、安全な行動をする準備ができるようにする責任がある】
怪我をしない、怪我をさせない。安全に楽しむ努力を怠らない。
そのことが、ラグビーという競技を守り、日本のみならず世界中に広げていくことにもつながる。
今一度、肝に銘じたい。